最高の開発環境,自由な時間,さて何をします?
今年4月。緑が芽吹き始めた筑波大学(茨城県つくば市)のキャンパスで,あまり類を見ない興味深い取り組みが始まりました。
理工系の大学3〜4年生に,企業の技術者が仕事で使う環境と同等,あるいは,それを上回る開発環境を与えたら,何が起きるか。しかも,24時間365日,いつでも使えるようにしたら……。
こうした構想の下,新しい教育プログラムを始めたのは,同大学の情報学群。恐らく読者の大半が学生時代に苦労して単位を取得したであろう,理工系学生の必須科目「実験」を衣替えした講義で,対象は「組み込み技術」です。
名称は「組み込み技術キャンパスOJT」。その名の通り,この実験を選んだ学生は,組み込み技術関連の開発環境を与えられ,1年を通じて企業内さながらに開発目標に向かいOJTで手を動かすことになります。
実験のコースは二つ。グラフィックスLSIの開発と,組み込み機器向けのコンテンツ制作です。二つのコースで単位を取るべく集ったのは,それぞれ12人ずつの学生。彼らに与えられた環境には驚かされます。
IDカードで入退出する実験室内には,1人ずつ専用の作業机とマルチスクリーンのパソコンが用意され,学生たちは1年間,自分の机として使用できます。出入りは24時間自由。グラフィックスLSIの開発コースを選んだ学生のパソコンには,最新鋭のLSI設計ツールがインストールしてあり,机の上には最新版FPGAやマイコン,カメラなどが載ったLSI開発用ボードが載っています。
今回の実習プログラムの運営費用は,LSIメーカーのアクセルによる寄付で実現しました。ソフト開発のネットディメンションが講師派遣などで協力します。アクセルによれば,実験設備を“定価”で購入すると学生1人当たり2億円規模になるそう。ただ,実は設計ツールなどには“学割”があるそうで,実際はそこまでの金額ではないらしいですが,「企業の開発現場でもここまで環境が整っているところはそう多くない」と言います。コンテンツ開発コースもしかり。これから市場に出る組み込み機器向けの新しいグラフィックスLSIが載った実験ボードや,グラフィックス制作ツールが提供されます。
開発ツールだけでなく,教える講師陣も実際に企業でLSIやコンテンツを開発する現役技術者など。しかもエース級です。例えば,アクセル取締役の松浦一教さんはその1人。今も現場でグラフィックスLSI開発を指揮する一線級の技術者です。
企業の寄附講座や講師派遣などは星の数ほどあるかもしれませんが,夏休みの集中講義など短期のものが多いでしょう。20歳そこそこの大学生が,1年を通じて現役バリバリの技術者に手取り足取り教えてもらえる機会は,なかなかあるものではありません。
実験の課題をこなせば,残りの時間は自分の実験室として自由に開発環境を使えます。研究室に配属される前の学生にとっては,大学の中に自分専用の机があるだけでもちょっと優越感に浸れる環境でしょう。学生には,単位を取る以上の成果を生み出すチャンスがあるわけです。企業の即戦力を育てるだけでなく,この環境を与えられた学生の中から起業家精神を持つ技術者が生まれることに大きな期待がかかります。
もちろん,立派な“箱”だけを与えても,結果が伴うかどうかは未知数。開発現場にいる技術者の皆さんからは「そんな簡単なもんじゃねぇよ」というツッコミも聞こえてきそうです。
ただ,集まった学生は「単位を取るのが難しい」といううわさが飛び交う中,それでも挑んできた精鋭たち。講義初日の自己紹介では「普段からマイコンをいじっている」「LSI設計ツールの勉強をしている」「FPGAを使ってみたくて自分で買ったけど,いまいち使い方が分からなくて」といった頼もしいコメントが次々と飛び出し,講師陣も驚くほど。十数年前に論理回路や数値解析の実験レポートを書くのでさえ汲々としていた我が身を振り返ると,新しい取り組みに不安を感じながらも希望に目を輝かせる学生はまばゆいばかりです。
「理工系離れ」「電気離れ」が叫ばれる中,次代のエンジニアを育てる今回の実習プログラムが何を生み出すか。産学連携による新しい形の「人づくり」プロジェクトを今後も観測していきたいと思っています。


















