教えることの「資産価値」
先日,あるシンポジウムで東京大学 名誉教授の久米均氏のご講演を拝聴する機会があった。同氏は品質管理分野の権威であり,同分野で有名なデミング賞も1989年に受賞されている。あちこちでお名前は聞いており,一度,お話を伺ってみたいと思っていた方だった。
講演の中では,久米氏の現役時代の話が出てきた。同窓会の場で,ある教え子からこう打ち明けられたらしい。「いやぁ,先生。先生の授業は熱意は伝わってくるのだけれど,内容の方は難しすぎて,ちっとも分かりませんでしたよ」と。当時はこの教え子の声を聞いて「何を言っているのだ!そんな訳はない」と思ったそうだが,「今になって思うと,こちらの教え方がなっていなかったのだと思う」と自嘲気味に感想を漏らしておられた。
「教え方が悪かった」などという発言が,現役を退かれたとはいえ大学教授の方から出てくるとは思わず,新鮮かつ意外な印象を持ったのだった。
いきなりこんなエピソードをご紹介してしまったが,今回取り上げたかったのは,この話ではない。講演の後半に出てきた同氏の人材育成に関する発言が特に印象に残ったのだ。おおむね以下のような内容のお話だった。
「教育というのは本当に難しい。なぜなら,結果が財務諸表(貸借対照表)に現れないから。特に教育内容のレベルが上がれば上がるほど,その評価は困難になる。企業の経営者のように財務諸表を気にする立場からすれば,教育などというのはモチベーションが沸かない行為だろう。財務諸表だって,14〜15世紀に発明されたもの。そんなものを今でも使っている。でも他にいい物がないのだから仕方がないが」


















