零戦の垂直尾翼の断面が左右非対称である件について
「8月号といえば,夏休みですよね。夏休みといえば,プラモデルじゃないですか」
とかなんとか言って,前からお願いしてみたかった取材の申し込みをしたところ,OKの返事をいただきました。『日経ものづくり』8月号の巻頭インタビュー「私が考えるものづくり」には,プラモデル・メーカー,タミヤの田宮俊作会長にご登場いただきます。
この欄は基本的に編集長が担当することになっています。実は私は,同じ8月号の特集記事を担当していて,そちらに伺ってはいけないくらいの状態だったのですが,静岡の同社本社までH編集長に同行させてもらいました。
終戦後間もなく,プラモデルを造り始めたころからアフターサービスを充実させている話,金型を早期から内製化して技術力を確保している話,現在は外注の際も金型構造全体を決めた上で発注している話ですとか,プラモデルを設計するためにポルシェの実物を購入して分解してしまった話など,同社のものづくり力を表すエピソードは「私が考えるものづくり」欄で紹介しました。ただ,実際にはそれ以外の話もたくさんお聞きしました。取材の最後の方はH編集長と私に加え,F1での撮影経験の長いカメラマンH氏(今回の取材で撮影をお願いしました)もかなりの“専門知識”で会話に参加。本来は「私が考えるものづくり」の取材は写真撮影込みで通常1時間程度ですが,なんだかんだで結局2時間以上も時間をとっていただいてしまいました。
1時間以上経過したところで,取材時に同社が発売直前だった1/48スケール「零戦52型/52型甲」(発売は2008年7月12日ごろ)の話になりました。金型ができて試し打ちまでしたのに,田宮氏は「どうも垂直尾翼が実物よりのっぺりしているように」感じてしまったとのこと。さらに,垂直尾翼の左側と右側で膨らみが違うはずだと。それをプラモデルの設計者につい言ってしまったら,意図せず社内でちょっとした騒ぎになってしまったのだそうです。田宮氏の模型に対する強い思い入れは昔も今も変わりません。
静岡から帰った翌日の昼,零戦の本物を手近に見る方法があることに気が付きました。「たまには靖国神社あたりまで行って昼ごはんを食べよう」と心の中に理由を作って,カメラを持って地下鉄に乗りました。目当ては,靖国神社の博物館「遊就館」にある零戦52型です。同館の零戦は無料で入れるところに展示してありますし,確か尾翼に接近して観察することも可能だったはず。特集記事を担当しなければならない時期だったのですけれど…。
零戦に近づいてじっと見ても,分かるような分からないような。展示機では方向舵がやや左寄りに位置しているためもあって,どうもよく分からない感じです。ですが,どうやら左舷側の方が右舷側よりも膨らんでいるような気がしてきました。ほぼ真後ろから撮影した写真でも,方向舵より前の垂直安定板の部分が,左舷側の方が幅広く見えます(写真)。
改めて取材時の録音にあたると,以下のようなやりとりでした。
田宮氏:零戦をやっていて,今年になって気がついたのが,垂直尾翼の左右の膨らみが違うことです。
――垂直尾翼がですか?
田宮氏:プラモデルの設計者に「もう少し垂直尾翼は肉がなかったっけ?」と話をしたら「社長(注:2008年6月から会長に就任)と一緒に行った時撮った写真がこれですから,見てください」と。そうすると,設計者の表現でいいのですけど,僕が見た感じはそうじゃなかった。写真で見るのと,肉眼で見るのでは違うんですね。
その後1週間ぐらいして,うちの常務取締役が「ついでがあるので,チノ(カリフォルニア州)にあるエド・マロニー(Edward Maloney)さんの博物館(Planes of Fame)まで行って見てきますよ」と。見に行ったら,やはり膨らみがあるんです。マロニーさんも「あ,それは左右違うよ」と言うんです。でも,それは写真で撮っても分からない。
――マロニーさんは,ご存じだったんですね。
田宮氏:実際に飛ばしてますからね。おそらくエンジンのトルクを垂直尾翼の膨らみで打ち消したのではないかと思うんですが,彼も同じことを言っていたそうです。
ちゃんと,写真じゃ分からないっていう話が出ていたのに,ころっと忘れておりました。ところで,左舷側が膨らんでいるということは,左向きに“揚力”が生じる,つまり尾部が左に振れるということですから,機首は右を向きます。一方,プロペラは操縦席から見て時計回り,その反動は反時計回りで左翼が下がって左旋回傾向ですから,垂直尾翼の効果と打ち消し合うので,つじつまは合っています。
このエンジントルク調整は,結構さまざまな方法があります。ドイツのメッサーシュミットBf109は上記の議論と同様に,垂直尾翼の断面形状によって横向きの空気力を生じる方式だったとか。垂直尾翼(垂直安定板)そのものを,オフセット角を付けて取り付ける方式もあり,例えば日本海軍(中島飛行機)の艦上偵察機「彩雲」などが採用しています。極め付きは,イタリア(マッキ)の「MC.202フォルゴーレ」関連のシリーズ。尾翼ではなく,左主翼の長さを右主翼よりも200mmほど長くすることで,反動を吸収しようとしていました。
機体側は対称なままにして,エンジンをやや右向きに取り付けるという方法もありました。二重反転プロペラを用いてトルクの反動そのものをなくそうという試みもありましたが,第2次大戦の軍用機で多くが試作レベルにとどまったようです。
さて,撮影を終えた後は,遊就館の喫茶店で「海軍カレー」(明治期の海軍割烹術参考書のレシピ通りにつくったものだそうです)を食べて,会社に帰りました。
























