平安時代に“系列”を崩壊させた反乱
戦国時代を描いた司馬遼太郎氏の『国盗り物語』から始まって,幕末ものの『竜馬がゆく』や『燃えよ剣』,変わったところでは聖徳太子の生涯を大胆なフィクションに載せて表現した少女マンガの名作『日出処の天子』(山岸涼子)など,歴史に関するフィクションやノンフィクションがけっこう好きです。多くの人がそうであるように,これまで邪馬台国などの古代ものや戦国時代,源平合戦,幕末ものなどの洗礼を受けてきましたが,最近はあまり注目されない平安時代が気になっています。そして,ふと思い付きました。何かと話題をなっている現代の“系列”の起源は荘園にあるのではないでしょうか---。
荘園は,もともと別荘とその庭園を示す言葉ですが,非常に複雑な発展を遂げました。大雑把に言うと,当時の農地は基本的にすべて国有財産でしたが,別荘(実態は農地)ならまあいいだろうという理屈で抜け道がつくられ,例外扱いされたのが始まりのようです。荘園の農地には税金もかからないし,司法の捜査も及ばない。いわば治外法権のような特権があります。当初の荘園は新たな開墾地だけが対象でしたが,時代を経るに従って寄進地系荘園が増えていきます。寄進地系荘園とは,農地を現地で運営する人が貴族や寺社に農地を寄付(寄進)したもの。ここに系列の起源を感じています。
寄進された農地は貴族や寺社の政治力で荘園になり,税金を払う必要はなくなります。寄進といっても名目的なもので実際の現場の運営者は変わりません。運営者は,税金の代わりに寄進した貴族や寺社に“名義料”を支払います。この費用は税金よりも低く,大きな“節税(脱税?)効果”があったようです。この結果,農地は寄進先ごとに色分けされ,一気に系列化されます。寄進先はサプライチェーンのように階層構造になっていて,中間層ではピンハネやワイロに加え,さまざまなイジメまであったようです。
こうした中間層を経て寄進先は最終的に中央の貴族や寺社に行き着きます。中央の貴族は,何の苦労もなく膨大な名義料を毎年手に入れられます。一方で,末端の生産現場に当たる農地では苦労は多かったようです。系列が異なると激しい競合関係になり,武力衝突を含む小競り合いがた絶えませんでした。この解決に大きな役割を担ったのが,新たに登場した武士たちです。
寄進地系荘園における系列と現代の系列は似ている部分がある半面,大きく違う所もあります。現代の系列はうまく機能すれば,長期取引に基づく信頼関係の構築や共同開発の深化など製品競争力を高める効果があります。系列は,日本の競争力の源泉の一つとよく指摘されます。一方,平安時代の寄進地系荘園はほとんど良く言われません。国は税収減で財政が破綻し,富はごく一部の特権階級に集中しました。寄進地系荘園の系列でトップを独走していた藤原氏の財政規模は,国家財政をはるかに上回っていたらしいのに,現場に疲弊に目を向けずに贅の限りを尽くしました。一族長である藤原道長は、「この世をば わが世とぞ思ふ 望月(もちづき)の欠けたることも なしと思えば」という傲慢な和歌を残しています。
ただ,こうした平安時代の系列は生産現場からNOを突き付けられました。生産を担う武士が反乱を起こしたのです。生産現場から搾取するだけの体制は大打撃を受け,武士が世の中の主役になっていきます。鎌倉幕府の成立を,寄進地系荘園という系列の崩壊と結びつけて,最近つらつらと考えています。

























