FeliCaの開発は終わらない
Edy,Suica,iD,QUICPay・・・。カードやケータイをかざしてお金を支払う少額決済サービスが花盛りです。2007年6月には,今春にサービスを始めたセブン&アイ・ホールディングスの「nanaco」が,決済利用件数でEdyやSuicaを抜いて首位に立ちました。少額決済サービスの主導権争いはまだ始まったばかりといえそうです。
これらのサービスを支えるのが,ソニーの非接触ICカード技術「FeliCa」です。日経エレクトロニクスは,2007年5月21号から2007年7月16日号にかけて,FeliCaの開発物語を連載しました。
なぜFeliCaは成功したのか。取材の中で明らかになった理由の一つに,FeliCaを構成するチップやOSを,顧客の要求に合わせて極限まで作り込んだことがあります。
FeliCaの初期のユーザーであるJR東日本は,同社の自動改札システムに採用する非接触ICカードの仕様として「オフライン状態で0.2秒で決済処理を済ませること」を求めました。「オフライン」が前提だったのは,当時はネットワークの性能が十分ではなく,オンライン上のサーバで決済を高速に処理するのが難しかったためです。
非接触ICカードは,電磁誘導によるわずかな電力で動作するため,本来なら複雑な処理は苦手です。ソニーにおけるFeliCaの技術開発のリーダーだった日下部進氏は,CPUコアの命令セットからOSのアセンブリ・コードまでゼロから作り込むことで,顧客の要求を満たしました。この時に開発したチップとOSの評判は高く,細かな改良を加えながら,10年以上に渡って現役で使われました。
ネットワークの進化がFeliCaを変える
ではFeliCaの豊富な機能は,今後も決済サービスの基盤として使われ続けるのでしょうか。
「FeliCaを使った現状の決済サービスは,いずれ限界が来る。今のうちに新しいスキームを用意すべきた」。
このように主張したのが,誰あろうFeliCaを開発した張本人,日下部氏です。
日下部氏は,FeliCaを使った現行の決済サービスについて,二つの問題を指摘しました。一つは,暗号鍵の扱いです。オフライン処理を前提とするFeliCaの決済サービスでは,相互認証のためにカードとリーダー/ライターが共通の暗号鍵を保持する必要があります。「Suica」「Edy」などのサービスごとに,固有の暗号鍵をいくつか割り当てています。
問題となるのは,この暗号鍵が外部に漏洩したときです。例え暗号鍵が漏れてもサービス自体がすぐに破綻することはありません*1。ですが,新しい暗号鍵を備えたカードを用意したり,リーダー/ライターの暗号鍵を変更したりといった後始末に,膨大な手間と費用がかかります。
*1 現行の決済サービスでは,オフライン処理で完了した決済データを,後でバッチ処理によりサーバ内のデータと照合している。このため,例え暗号鍵が漏れても,大規模な不正を行うのは難しい。現時点では,FeliCaの暗号鍵の漏洩や,それに伴う不正行為は確認されていない。
もう一つの問題は,電子マネー・サービスの乱立が,電子マネーの普及を阻害しかねないことです。例えサービスが乱立しても,共通のリーダー/ライターがあれば不都合はありません。ですが,オフライン処理を前提とする現行の決済サービスでは,リーダー/ライター自体に高いセキュリティ機能を持たせる必要があり,サービスが乱立するほど共通端末の開発コストが跳ね上がる,という構造的な問題があります。
そこで日下部氏は,ソニーから移籍した三菱商事の中で,乱立した決済サービスを横串にできる新たな決済ポータル・サービスの構想を練っています。
新サービスの決済に使うのは,FeliCaを携帯電話機に組み込んだモバイルFeliCa端末です。具体的な仕組みは以下の通り。まず,モバイルFeliCaと店舗のリーダー/ライターとの間では決済処理は行わず,リーダー/ライターのIDと決済金額をモバイルFeliCaに伝えるにとどめます。モバイルFeliCaは,携帯電話のネットワークを通じてサーバに接続し,IDと金額,そして決済に使いたいサービスを伝えます。決済処理は,すべてオンライン上のサーバが行います。
この方式の利点は,セキュリティ機能や決済機能の担い手がFeliCaからサーバへ移るため,サービス固有の暗号鍵が不要になったり,リーダー/ライターの実装が容易になったりと,前述の問題を解消できる点です。
こうした構想の実現を可能にするのが,携帯電話ネットワーク網です。今までオフラインを前提にした決済サービスが,ネットワークの進化によりオンラインでも実現可能になりました。
「ネットワークの性能が高まれば,FeliCaに求める機能もおのずと変わってくるんですよ」。
日下部氏は,自らが開発したFeliCaの技術を否定しかねないことをさらりと言ってのけます。その言葉に,「人々のライフスタイルを変える技術を開発し続けるのが,技術者の本分だ」という日下部氏の矜持を感じました。


















