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日経エレクトロニクス雑誌ブログ

iTunes PlusにみるAppleの狡猾

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2007/06/05 09:26
今井 拓司(日経エレクトロニクス)

 「iTunes Plus」にはガッカリさせられた。期待を裏切られた気分である。開始前のふれこみでは,Apple Inc.のコンテンツ配信サービス「iTunes Store」で以前に購入した曲でも,一曲当たり30米セントを支払えば高音質かつ著作権管理(DRM)技術による保護なしのファイルに更新できるはずだった(関連記事)。だから,試しに何曲か高音質版に変換してみたいと考えた。ところが,いくら探してもその方法が見付からない。最後にたどり着いた「よくお問い合わせいただく質問」にこうあった。「曲、ミュージックビデオ、アルバムを個々に選んでアップグレードすることはできません」。

 信じられない。高音質版に変えたいなら,これまで購入した曲をまとめて変換しろというのだ。iTunes Storeの表示によれば,私が日本版iTunes Storeで購入した曲のうち,現在高音質版があるものは全部で75曲らしい。これをすべて高音質版にする価格は,締めて3030円。ちょっと試してみるには即決できない値段である。何より,わざわざ高音質版を入手するまでもない曲がたくさんある。これだけの額を,とても支払う気になれない。

 それならば新しい曲を買った方がましと,ちょっと気になったアルバムを購入してみた。早速,自慢の雑音除去機能付きヘッドホンで聴き入る。なかなかいい音だ。比較のため,前にiTunes Storeで手に入れた,同じバンドの別のアルバムを聴いてみた。うーん,こちらも最高だ。どうやら両者の音質の違いを判別する課題は,去年の健康診断で聴覚テストをかろうじてパスした私の耳にとって,荷が重すぎたようである。

 ここまで来て,Apple社の狙いが分かった気になった。結局,多くのiPodユーザーは今後DRMフリーの曲をそれほど買わず,DRM技術によるApple社の囲い込みからほとんど逃れられないのではないか。どんなユーザーも,試しにDRMフリーの曲を買ってみたりはするだろう。しかし,耳の悪い私は論外だったとしても,多くのユーザーは音質の違いがそこまで大きくないことに気づきそうだ。だとするとわずかな額でも,価格は安い方がいい。iPodに不満があるならまだしも,現状で満足しているユーザーが,わざわざ将来他社のプレーヤーに移行することを考えて,値段の高いDRMフリー曲を買うことはまれだろう。そうなれば,正にApple社の思うつぼである。いつの日か他社製品に乗り換えようと思い立ったユーザーは,はたと気づく。それまでちょこちょこ買い集めた楽曲を他社製品でも使えるようにしようとした瞬間,莫大な額を支払わなければならないことに注1)

注1)例えば,何人かでお金を出し合ってDRMフリーの曲を購入したり,自分で大枚をはたいた楽曲を寛大にも知人にコピーして渡す輩はいるかもしれない。こうした不正利用にApple社は目を光らせている。インターネットでの報道によれば,Apple社はそれぞれのDRMフリー曲にIDを埋め込んで,入手経路の追跡に利用できるようにしているようだ。実際,iTunes Plusで購入した曲のファイルをWindowsのメモ帳で開いてみると,私の記入を確認できた。

 一ユーザーとして私はApple社はずるいと思う。しかし,事業面でみるとうまい手を考えたものだと感心する。「DRMは不要」としたSteve Jobs氏の発言で,「同社はユーザーの味方である」という印象は世界中に広まったはずだ。今回のサービス開始により,一時期欧州で燃え上がった「Apple社はDRM技術によってユーザーを囲い込んでいる」との非難も巧みに交わしている。しかもマスコミの多くは,iTunes Plusに仕込まれたこの仕掛けを指摘せずにいる。あるニュース・サイトには,いまだに「差額を払うことで個別にDRMフリー化することもできる」と書いてあるほどである。Googleなどで日本語のページを検索する限り,ユーザーもそこまで怒っていないようだ。検索の結果,Appleの対応を酷いと主張するユーザーをいさめるコメントまで見付かった注2)

注2)これまで購入した曲でも,正規の価格を支払えば高音質版を一曲単位で入手することはできる。差額を払って高画質版を手に入れる方法は,iTunes Storeの表記によれば「特別提供」とのことである。

 筆者がこのようなApple社のやり口とどうしても対照的にみてしまうのが,日本の企業や技術者の実直な対応である。先日,ある懇親会で国内AV機器メーカーのユーザー・インタフェース設計者の方と歓談した。日本メーカーにApple社のような製品を開発できないものかという話題を振ってみた。返ってきたのは,「やはり自社ではできない」という一言だった。曰く「AV機器メーカーとして必ず守るべきユーザー・インタフェースのルールに反するから,iPodのような思い切った操作系は作れない」「YouTubeへのリンクをメニューに入れたAppleTVの真似は,著作権者への配慮からとても無理」。

 確かにその通りである。否定しようがない正論だ。しかし正攻法の陰には必ず抜け道がある。日本メーカーが見て見ぬ振りをしても,誰かがきっと仕掛ける。世界市場での競争とはそういうことだ。だからこそ歯痒い。日本メーカーが同じことをしてはなぜいけないのだろう。

 昨日のブログのような心温まる話の後に,こういうことを書くのはいささか気が引けるが,日本の企業や技術者はもっとずるくなってもいいのではないか。

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