何が「モルモット精神」を壊したか──ソニーの元役員が明かした
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ソニーはモルモット──。かつて,ある有名なジャーナリストがソニーをこう表現した。ソニーが世の中にない斬新な製品を生み出し,売れ始める。すると,その有望性を感じた大手電機メーカーがソニーを模した製品を造り,強大な財務力を生かしてその市場を奪っていく。この「現実」に対し,このジャーナリストは,ソニーは「大手電機メーカーのモルモット(試金石)を演じたに過ぎない」という趣旨の記事を書いた。
この表現を知り,当初はソニーの創業者もムッとしたようだ。モルモットは小動物にすぎないといった,文字通りの解釈をしたからだろう。だが,そのうち,モルモットを先駆者と考えるようになる。誰も思いつかず,この世にないものを創り出す象徴に「昇華」させたのだ。その後,むしろこの表現を誇りに思った同社は,金のモルモット像を作り,大切に保管しているという。
そのソニーが2003年春の「ソニーショック」以来,業績面で苦闘している。端的に言えば,「ヒット商品」が出にくくなったからだ。その理由を本誌は「経営の舵取りの失敗である」と書き,ものづくりの現場では,キヤノンや松下電器産業などと比較してソニーは生産面(工場)というより,むしろ設計面で遅れが目立っていると指摘してきた。
だが,それ以上に何が起こっているかは,外部の人間には推測しかできない。当然ながらこうした話題で同社には取材できないし,取材を進めていると噂としてはいろいろ聞こえてくるのだが,裏を取れないからこれ以上は踏み込んで書けなかった。
だが,この難問の回答を元役員の天外伺朗氏が明らかにしてくれた。文藝春秋2007年1月号への寄稿「成果主義がソニーを破壊した」である。同氏はいわゆるペンネームで,本名は…,野暮なので遠慮させていただく。それはともかく,ソニーで始めた成果主義による人事評価が,マイナスに作用したと明かしているのだ。職業病で,私は本の興味を引いた部分に赤線を引っ張る癖があるのだが,そうするとこの記事は真っ赤になってしまった。
「ソニーショックの二年ほど前から社内の雰囲気が非常に悪くなっており,心身に変調をきたす社員が激増していた」
「ソニーが輝いていた時代と現在との違いを考えたとき,まず言えるのは『燃える集団(注:燃えるエンジニア)』がなくなってしまったということだ」
「いまのソニー社員は,大切な内発的動機を失ってしまったように見える。それはなぜなのか。私は成果主義が導入されたからだと思っている」
「成果主義が導入されるにつれ,社員は次第にやる気を失っていった。これでは『燃える集団』など生まれるはずもない」
「そもそも成果主義とは人間のパフォーマンスを数値化して,客観的で公正な評価をくだそうというものだ。しかし『客観的で公正』な評価など可能だろうか。私は無理だと思う」
「成果主義の弊害の最たるものは,社内の雰囲気が悪化することである」
「管理が強化されて,一見,合理的な査定が導入されると,そうした非合理的な行動(注:部下の成長を考えた温情や信頼感)をとる人間はいなくなる。自分が損をするだけだから,みんな責任逃れに終始する。これではチームワークなど望むべくもない」
「『人のやらないことをやる』と独自技術を追い求める姿勢は,いまの収益一辺倒のMBA的な視点からすると失格だろう」
「いまやソニーが『マネした電器』になってしまった」
「いま日本中の企業でうつ病などメンタルの問題を抱えた社員が増えている。それはダメ上司の導入した無責任な合理主義経営が,社員を痛めつけているからだ」──。
これ以上,何も補足することはないだろう。天外氏はソニーから斬新ゆえに売れる商品が生まれにくくなった理由を完璧に説明してくれている。
客観的に言って,ソニーには優秀な社員が多い。設立趣意書にある「自由闊達にして愉快なる理想工場」という文言に共感し,元来,誰もやっていない面白いものを作ってやろうと考える前向きな人が,同社に入社しているはずだ。だが,そうしたモルモット精神を持つ人間のやる気を,成果主義が粉砕したという指摘だ。
ソニーが復活するために必要なのは,経営リソースの集約であると本誌に書いた。だが,それ以上に必要なことは,今の成果主義を捨て,モルモット精神を復活させる新しい人事評価制度を生み出して実行することなのだろう。成果主義には相性がある。天外氏が指摘する通り,ソニーはまさに,成果主義が合わない会社なのだ。
果たして,これはソニー特有の話だろうか。
























