ヘッドハンティングされても上手くいかないワケ---ある家電メーカーの意見
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社内の誰もが認める優秀な技術者がいる。この技術者は会社の実務を牽引する「キーマン」だ。競争力の高い製品を造る自社の方法を知り抜いている。ある日,この技術者にアジアメーカーからヘッドハンティングの声が掛かった。聞けば,破格の高待遇だという。もしも,あなたがこの技術者の上司だったらどうするか。
多くは何とか思いとどまってもらうように説得を試みるのではないだろうか。もちろん,転職すること自体は個人の自由だ。しかし,競争力の高い製品を造る方法を転職先のアジアメーカーで遂行されてしまったら,自社の競争優位が失われてしまう。
ところが,ある家電メーカーA社は,そうした際に技術者の慰留などしないという。「行きたいなら,行ったらどうだ」と淡泊だ。その技術者はヘッドハンティング先で幹部として辣腕をふるうはず。そのことに脅威を覚えないほどA社は鈍感なのか。
本当にそうなら,A社が高いシェアを誇っている現実に矛盾する。A社のリスク管理能力はそこまで低くはない。たとえどれほど優秀なキーマンでも,「1人で行ったぐらいなら脅威になり得ない」と見切っているからだ。
A社が生み出した競争力の高い製品を造る方法に間違いがあるわけではない。しかし,ヘッドハンティング先のアジアメーカーで技術者が社員を指揮しても,彼らが思うように動いてくれないのだ。それは「組織を運営するノウハウがない」(A社)からである。A社は言う。「どんなに優れた方法を知っていても,組織を動かすノウハウを身に付けていなければ,結局は絵に描いた餅だ」。
A社では新たに優れた方法を思いつくと,現場に浸透するまでの時間が短いという。仮説を検証し,実行に移すまでのサイクルが早いのだ。もちろん,これには“企業秘密”的なノウハウがA社に隠されていることだろう。一つだけ“種明かし”をすれば,A社が社内の情報公開を徹底していることが挙げられる。上司は取締役会の資料に目を通し,要点を部下に知らせる義務まであるという。トップの考えをすべてオープンにし,それを理解させなければ,会社の進む方向が分からず,個々の社員が何をすべきかが分からない。そうなれば成長が止まってしまうとA社は考えるからだ。
ただし,この情報公開の徹底は組織を確実に動かすためのワン・オブ・ゼムにすぎない。いかにキーマンといえど,1人ですべてのノウハウを把握できるものではないとA社は言う。
確かに,そのキーマンである技術者は,ヘッドハンティング先のアジアメーカーで当初大いに期待され,価値がすこぶる高まる。だが,A社で成果を上げた方法を教えても,社員はなかなか理解してくれない。トップから全権を得て号令を発しても,社員は次第に従うふりをするようになる。それでは,実効性を高めるために,優秀な社員を選抜して協力者になってもらおうと考えても,社内に人脈がない。しかし,部下を育てて実りを待つには,あまりにも時間が掛かりすぎる。アジアメーカーではしばしば,ヘッドハンティングした人間に短期間での成果を求める。だからこその破格の好待遇なのだ。悠長なことはしていられない。
こうして時の経過とともにこの技術者の評価は下がって行き,「『活躍できる場はない』『もう嫌だ』と言ってその会社を辞めるのは3年後だ」とまでA社は言う。もちろん,ヘッドハンティングされたすべての技術者がこうした結末になるとは限らないが,少なくともA社は「上手く行かない」と言う判断に相当な自信を持っているようだ。
























