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日経エレクトロニクス雑誌ブログ

製品開発と技術者の矜持

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2006/05/26 09:42
枝 洋樹(日経エレクトロニクス)

「あなたが開発に携わった製品を振り返ったときに,最も印象に残っているものは何ですか」
 エレクトロニクス業界の現役を引退した二人のベテランに,それぞれ同じ質問を投げかけてみたことがあります。

 一人は創業間もないころからソニーを支えてきた大賀典雄氏です。最も印象に残っている製品として挙げたのは,「ウォークマン」でも「CDプレーヤー」でもなく,1961年に発売したオープン・リール式のテープ・レコーダー「TC-777」でした。大賀氏は1930年生まれですから,31歳のときに手がけた製品ということになります。「ダイカストのボディを磨くことで,モノコック構造のシャーシを実現した。今見ても美しい,良くできた製品だと思う」。ソニーの議長職と取締役から退任するに当たって2003年1月に開いた記者会見で,大賀氏はまるで昨日の出来事を話すかのように目を輝かせながらそう語りました。

 もう一人は,米Intel Corp.の創業者であるGordon Moore氏です。印象に残っている製品としてその口から飛び出すのは,世界初のマイクロプロセサ「4004」か,x86アーキテクチャの先駆けとなった「8086」か,はたまた業界におけるIntel社の地位をゆるぎないものにした「80386」か・・・。そんな筆者の予想を見透かしたかのようにMoore氏が挙げたのは,「i432」と呼ぶチップでした。i432はx86アーキテクチャの後継とすべく,1970年代半ばからIntel社が開発を進めていた32ビット・マイクロプロセサです。Ada言語でのプログラミングを想定し,オブジェクト指向やマルチスレッドの概念を取り込むなど,当時としてはかなり革新的なアーキテクチャを採るものでした。

 二人の答えに共通するのは,必ずしも自らが手がけた他の製品に比べて世間での評判が高かったり,高い利益につながったりした製品ではないことです。TC-777は高級テープ・レコーダーとしてそこそこ売れたようですが,業界全体に与えた影響の大きさという意味では,ウォークマンやCDプレーヤーとは比較になりません。i432に至っては1981年に3チップ構成で売り出されたものの,あまりにも回路が複雑だったことなどが原因で所望の性能が発揮できず,商業的にはまったく振るわないまま,ひっそりと製品リストから消えていったほどです。

 製品開発に携わってきた自らの半生を振り返ったときに,大賀氏とMoore氏がそれぞれ,傍からは予想しにくい製品を最も印象に残っているものとして挙げたのは偶然ではないと思います。恐らくそれは,製品開発を通じて自分が成し遂げた仕事に対する価値観が,他者の評価ではなく自身の信念に立脚したゆるぎないものだからなのでしょう。それだけ一つ一つの製品開発に傾ける誇りと情熱に並々ならぬものがあったとも言えます。例えば,i432についてMoore氏は「製品化という意味からは大きな失敗だった。しかし,コンピュータ・サイエンスの研究者のアイデアをすべて盛り込んだことで,エンジニアとして多くのことを学んだ」と振り返ります。

 翻って,開発サイクルがどんどん短くなっている現在の製品開発を考えてみたときに,大賀氏やMoore氏が最前線で働いていた時代と同様に一つの製品にじっくりと心血を注ぐ余裕のある開発者が,どんどん減っているのではないかという気がします。流れ作業のように次から次へと開発プロジェクトをこなさなければならない状況では,個々の製品に対する思い入れとは違う観点に,技術者としての矜持を見出す必要があるのかも知れません。

 現在のキャリアを終えたときに,最も印象に残る業績を問われたら即答できるか。2週間に1冊のペースで雑誌を作る業務に10年以上携わってきた筆者も,そう自問自答していく必要があると思っています。

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