Appleってそんなにすごかったっけ?
11月から日経エレクトロニクス(NE)編集部に参加したばかりなのに,早くもBlogの執筆を仰せつかりました(もしかして暇そうに見えた?)。とはいえ,編集部のほかの面々のように,旬なネタはまだ持ち合わせていないので,少し昔話をさせて下さい。
今,エレクトロニクス業界で,その一挙手一投足に大きな注目を集める企業の一つは,間違いなく米Apple Computer, Inc.でしょう。もちろんNE編集部も例外ではありません。発表会があれば,米国と国内の両方でフォローします。製品はどこよりも早く入手して分解し,今度はどんな手を打ってきたか,詳細に分析します。iPodでソニーを携帯音楽プレーヤーの盟主から引きずり下ろし,iTunes Music Store(iTMS)でオンライン音楽販売を軌道に乗せた同社の動向を追うのは,NE編集部の使命を考えれば当たり前のことです。
ただ,今のApple社を取り巻くそんな状況に,個人的には少しばかりの違和感があります。というのは,私がかつて知っていたApple社はそんな立派な会社ではなかったからです。
実は私,1994年から2000年にかけてApple社の動向を今のNE編集部のように追っかけていました。そのころ日経MACという雑誌の編集部に所属してたからです。しかし,当時のApple社は今と正反対のまさにどん底の時期。Windows 95の発売以降,Macintoshのシェアは落ち続けていました。期待の新OS「Copland」はいつまでたっても発売されず,起死回生の一手だったはずのMacintosh互換機のせいで,逆に利益を落とす始末。打つ手打つ手が裏目の連続で,再建の切り札として1995年2月にCEOに就任したGilbert F. Amelio氏は2年5カ月で解雇される羽目になりました。
あのころのApple社は間違いなく「いずれ消える企業」と目されていました。実際,1996年2月に米Business Week誌が「The Fall of an American Icon」と題する追悼記事(?)を掲載しています。97年8月に米Microsoft Corp.からの出資を受け入れた時には,同僚の記者に「Apple社もMSの軍門に下って,普通の会社になっちゃうね」と評されたのを覚えています。
実際は翌1998年5月に発表したiMacの大成功で,Apple社は復活への道を歩み始めます。ただ,そのときですら「いまさら低価格パソコンを出したって…」という評価が大勢を占めていたのも事実です。実は恥ずかしながら,当時は私もそう考えていました。
2000年の日経MAC休刊後,IT産業系の雑誌に移った私は,その後の5年間,1ユーザーとしてしかApple社の動向を見ていません。5年近いブランクがあるわけです。だからかも知れませんが,改めて記者としての目で見たときに,当時と今のApple社にさほど違いを感じないのです。
GUIや外観デザインまで含めた使い勝手へのコダワリ,独自のソフトウエア技術,ハードウエアを設計する技術陣,メディア産業への影響力などなど…。iPodやiTMSを成功に導いた要因のすべてを,Apple社は当時から持っていたと思います。ビジネスモデルだって変わっていません。当時も今も,Apple社は独自ハードウエアの販売で利益を出す「メーカー」です。卓越したソフトやサービスはあくまでハードウエアに付加価値を付け,ユーザーを囲い込むために使われています。モノがMacintoshからiPodに変わっただけで「成功の法則」は見事なまでに同じです。一つ付け加えると,当時はそうした囲い込み戦略自体が批判されていました。「オープン化の波に乗り遅れたのがApple社の低迷の原因」という論調が普通だったのです。
Apple社は,デジタル携帯プレーヤーや音楽配信のビジネスを切り開きました。このタイミングでNE編集部に参加したのは何かの縁かもしれません。果たして今の成功が今後も長く続くのか,それとも歴史は繰り返すのか。きちんと見届けたいと思っています。


















