「夢を語っているうちはいいけれど、NPO(非営利組織)ではないから」。ENEOS水素サプライ&サービスの内島一郎社長は言い放つ。

 同社はJX日鉱日石エネルギーが2014年10月に設立した、水素ステーション運営などを担う小会社だ。トヨタ自動車が12月15日に世界初の量産燃料電池車(FCV)「MIRAI(ミライ)」を発売し、FCVブームが起きつつある。しかし、エネルギー業界はその波に乗り切れずにいる。 

 かつて1台1億円と言われたFCVは、補助金を含めると520万円ほどに下がった。FCV開発が進展する一方で、肝心の水素ステーション整備は遅れが目立つ。

 自動車3社とエネルギー会社10社は2011年に「2015年までに水素ステーションを100カ所整備する」と共同声明を発表した。ところが、2014年11月末時点で設置予定のステーションは41カ所にとどまる。動き出したのは冒頭のJXのほか、東京ガスや岩谷産業など数社だけ。トヨタのFCV発売が現実のものとなり、エネルギー業界の雰囲気は変わりつつあるものの、静観する企業は少なくない。

 なぜか。それは水素ステーション事業が「先行者不利益」に陥っているからにほかならない。

 エネルギービジネスのコンサルティングを手がけるテクノバ(東京都千代田区)の試算によると、2015年に設置した水素ステーションよりも、6年後の2021年に設置した方がステーション単体での黒字転換が早い。

 水素ステーションを黒字化するには、1カ所当たりFCV2000台が利用する必要がある。100カ所が黒字化するには、20万台の普及が必要な計算だ。FCV台数はミライの発売以降、徐々に増える見通しだが、本格的な普及期を迎えるのは2025年以降との見方が主流で、20万台は遥かに遠い。

 約5億円の初期費用と、年5000万円を超えると言われる運営費を賄えるようになるのは当分先だ。エネルギー業界が動けないのもうなずける。

手厚い補助も効果薄?欧州では本気度高まる

 政府は11月、初期費用の補助に加えて、運営費補助に踏み切る方針を固めた。運営費の補助は1カ所当たり年2000万円ほどとみられるが、エネルギー会社が重い腰を上げるのに十分な額とは言えないようだ。

 「年数千万円の運営費補助があれば累積損益の黒字転換が数年程度早まるだろう。ただし、ステーション経営の好転に最も効くのはFCVの普及拡大」とテクノバの丸田昭輝氏は指摘する。同時に、5億円の初期コストを引き下げるための規制緩和や技術開発も不可欠だ。

 先行投資するエネルギー企業にとって当面は収益性が低い水素ステーション事業だが、その将来性は無視できない。欧州では、再生可能エネルギーが供給過剰になり始めたことで、再エネを水電解で水素に変換する取り組みに本気度がにじみ始めた。

 国内では天然ガスと並ぶ発電用燃料として水素を使う検討が始まっている。JXをはじめ、先行企業が見ているのはFCVにとどまらない水素ビジネスだ。新たなエネルギー源がいつ化けるのか注視する必要がある。(「日経エネルギーNext」創刊前特別号より)

創刊号表紙
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