ケイン岩谷ゆかり氏
ケイン岩谷ゆかり氏
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 Steve Jobs氏亡き後のApple社の舞台裏を描いた書籍『沈みゆく帝国』。後に残された経営陣がいかに優秀であっても、Jobs氏がいたころの同社のありようからは徐々に逸脱していく様子を鮮明に描き出している。Apple社はかつての輝きを取り戻すことができるのか。著者のケイン岩谷ゆかり氏に聞いた。

 Apple社が新しいイノベーションを起こせるかといえば難しいだろう。ただ、本気でリスクを取るつもりがあればできると思うし、まだ時間はあると考えている。本書のタイトル『沈みゆく帝国』は、あくまで過去のApple社と比べた場合で、他社と比較して沈みゆくかといえば、まだわからない。ソニーと比較するのはよくないかもしれないが、現在のソニーの状況にまで陥るかどうかは、これからのビジネス戦略次第だ。

 ここ数カ月で起こったのは、Apple社が変わったことを自ら認め始めたことだ。Apple社のTim Cook CEOが、やっと独自の戦略を打ち出し始めている。イノベーションではないかもしれないが、「業務のプロ」としてAppleにとってベストと考えた結果だろう。

 例えば米国時間の2014年7月15日付で発表があった米IBM社との提携(関連記事)がそうだ。提携の対象になったB2Bの事業は、「魔法」を使いたがっていた故Steve Jobs氏ならば興味を持たなかっただろう。大企業としてできることはまだたくさんあり、Steveが気にしなかった部分でお金になる事業がTimには見えるだろうし、実際に彼がやり始めているのは興味深い。

 そう感じ始めたのは、ストリーミング音楽配信やヘッドフォンを手がける米Beats社を買収したときから。Steveがやらなかったであろう大きな買い物をした勇気は評価したい。ただし、Beats社をどうApple社が生かしていくのかには疑問が残る。Beats社のストリーミング配信事業は対象が米国のみだし、ユーザーのほとんどは無料会員。Beats社のデザインのスタイルはApple社とは真逆で、ブランドとしてBeatsを利用するというのもクールの定義を作り上げた会社にとっては違和感がある。Beats社の社長がエンターテイメント業界に顔が利くといっても、あくまでもApple社の競合相手だったときの話で、コンテンツ業界が素直に言うことを聞くとも思えない。

 これだけの大企業を、これからどうやって伸ばそうかと考えると、様々なスタイルの商品を出すのは1つの戦略ではある。Steveの発想とは違い、もっと普通のトラディショナルな考え方に沿ったものだが。トラディショナルな考えに夢はないが、その範囲内でできることはまだあるだろうし、(Steveに)Timが選ばれたのはそういうことかもしれない。Apple社はいい普通の会社になりうると思うし、Timにはそこに持っていく実力もある。夢は与えられないかもしれないが、Timがそれで基盤を固めて、次の社長に引き継ぐというシナリオはありうる。