講演する篠原氏
講演する篠原氏
[画像のクリックで拡大表示]

 名古屋大学 大学院理学研究科 研究科長・理学部長の篠原久典氏は「JPCA Show 2014」(2014年6月4~6日、東京ビッグサイト)の基調講演に登壇し、ナノカーボン材料の医療分野への応用可能性について講演した。講演タイトルは「21世紀を拓くナノカーボン:デバイスとバイオメディカルへの応用」である。

 篠原氏は、フラーレンやカーボンナノチューブ、グラフェンといったナノカーボン材料研究の第一人者として知られる。講演では、フラーレンがスポーツ用具や化粧品、エンジンオイルなどで実用化されていること、カーボンナノチューブでは電子デバイス応用に向けた研究などが進んでいることを紹介した。その上で、ここ15年ほど力を入れてきたというナノカーボン材料の医療分野への応用について話した。具体的には、フラーレンを(1)MRI(核磁気共鳴診断)の造影剤や(2)がん治療に使う中性子捕捉療法に応用しようというものだ。

MRIの造影剤として有望

 (1)MRIの造影には一般にGd(ガドリニウム)が使われ、Gdを内包するDTPAと呼ばれる物質を造影剤に使うことが多い。ところが、DTPAでは腫瘍近傍のPHなどに応じてGdが遊離しやすく、造影効果が落ちたり毒性をもたらしたりすることが懸念されるという。

 この問題を克服できる可能性があるのが、Gdを内包させ親水基を修飾したフラーレンだ。この分子ではGdが遊離しにくいことに加え、親水基の数を多くできるため、造影効果が高く安全性も高い造影剤を実現できるという。1分子当たり複数のGdを内包させることで造影効果をさらに高めることも可能だ。

 ラットを用いた検証では、DTPAベースの造影剤に比べて、Gd内包フラーレンでは15倍近く高いMRI造影効果が得られた。このことは、同じ造影効果を得るために必要な薬剤濃度を、Gd内包フラーレンではDTPAに比べて1/15に薄められることを意味する。この他、MRIを用いた血管造影(MR Angiography)でも高い造影効果を確認した。

中性子を効率よくγ線に変換しがん細胞を攻撃

 (2)の中性子捕捉療法とは、がん腫瘍にあらかじめホウ素(Boron)を集積させておき、ここに中性子を当てた際に発生する放射線で、がん細胞を攻撃するという治療法である。「BNCT(boron neutron capture therapy)」とも呼ばれる。がん腫瘍に細胞レベルで選択的に放射線を当てることができるため、低侵襲かつ高い治療効果が見込める。現時点では、京都大学原子炉実験所において悪性脳腫瘍の治療などに使われている。

 篠原氏によれば、Gd内包フラーレンはこの治療にも応用できる可能性がある。腫瘍に集積させる物質としてホウ素に代えてGd内包フラーレンを水溶性とした分子を使うことで、より高い治療効果が見込めるという。Gdはホウ素に比べて中性子を捕捉する断面積が66倍も大きい。このため、中性子を効率よく捕捉できる。加えて、ホウ素に中性子が当たった場合にはα線が発生するのに対し、Gdに中性子が当たるとγ線が発生する。γ線はα線に比べて飛行距離が長いため、より多数のがん細胞にダメージを与えられる。γ線発生時に副次的に発生するオージェ電子も、がん細胞への攻撃に寄与するという。

 また、Gd内包フラーレンを水溶性とした分子は直径が約50nm。この寸法は、がん細胞に効率的に入り込み、しかも代謝されにくい最適なサイズであるという。中性子捕捉療法においてMRIを有効に併用できる点も、高いMRI造影効果を備えるGd内包フラーレンを使う大きなメリットであるとした。