各種グラフィックス処理ICを手掛けるアクセルは、日本では希少な成功しているファブレス半導体メーカーの1社である。1996年の創業だが、従業員数は70名強と少数精鋭体制を維持している。同社でICのハードウエア開発を担当する2人のエンジニアが、高位合成ツールを導入した経緯や成果を語った。

 高位合成ツールを導入した経緯や成果は、「SystemC Japan 2013」(2013年6月21日に新横浜で開催)の講演として語られた。登壇したのは、同社技術グループ LSIチームでマネージャを務める小川丈博氏と菅野裕揮氏である。ICのハードウエアを開発するLSIチームは10名強とこちらも少数精鋭。大手半導体メーカーのようなEDAサポート部門はなく、設計業務のかたわらで、EDAツールを評価している。基本的な方針は、「大手半導体メーカーが評価して、枯れたツールを使う」(小川氏)ことだという。

 実際、小川氏が2010年5月に高位合成ツールの評価を始めた際には、「RTLの手設計で十分。高位合成なんてまだ必要ない」という意見もあった。そのような中、前職で10年近く高位合成ツールを使ってきた同氏が、実体験に基づく有効性を説明し、「研究開発という位置付けで高位合成を評価してもOK」ということになった。

現場の目線で評価

図1●高位合成評価ポイント アクセルのスライド。
図1●高位合成評価ポイント
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図2●評価結果 アクセルのスライド。
図2●評価結果
アクセルのスライド。
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 小川氏が10年間使ってきた高位合成ツールは米Forte Design Systems社の「Cynthesizer」である。「その実力は分かっているので、市場にある他の2製品を評価することにした」(同氏)。そう言いながら、同氏が見せた評価ポイントのスライドは、なかなか含蓄が深かった(図1)。筆者は何回かEDAサポート部門の評価ポイントを聞いてきたが、それらに比べてストレート。いかにも、少人数の設計チームらしい現実的な評価ポイントという印象である。

 第1は、初期解(とりあえず稼動するRTL)が早期に求められること。早期にFPGAで試作しソフトウエアを載せてシステム・レベルで評価するため、およびIC開発の後段を担う半導体メーカーと交渉する際に必要な回路規模を早期に見積もるためだ。第2は回路品質。と言っても過度の期待はしていない。「人手設計のRTLの品質を高位合成が達成できるとは思っていない。性能が同一で面積が2割増しならばOK」(同氏)。第3は使いやすさ。必要十分な制約を簡単に設定できることが大事だとした。

 果たして2製品の評価結果はどうなったのか。「それぞれ得手不得手はあるものの、どちらも製品設計に使えるレベルにある」(同氏)との結果だった(図2)。それならば、折角の機会なので、Cynthesizer以外のどちらかのツールを採用しようと思っていた。ところが、その考えは次のような経緯で変わることとなった。

使い慣れたツールに決まる

図3●CellMath人気が採用に影響 アクセルのスライド。
図3●CellMath人気が採用に影響
アクセルのスライド。
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 その経緯とはこうだ。グラフィックス処理で重要な浮動小数点演算を扱えるデータパス合成ツールの「CellMath Designer」や数値演算ブロックのIPコアの「CellMath IP」を導入しようという機運が高まった(図3)。高位合成に慎重な設計者からは「演算器さえCell Mathで手に入れば、あとはRTLを手で書けば良い」という声もあった。

 CellMathは英Arithmatica社が開発した製品である。そのArithmaticaをForteが2009年に買収し、2010年にはCellMath DesignerとCynthesizerを統合した「Cynthesizer Ultra」を発表した(Tech-On!関連記事)。Cynthesizer UltraはCellMath IPを利用して高位合成できる。例えば、浮動小数点演算回路のIPコアを利用する。最終的には、総合的な評価結果に加えて、Forteサイドから「Cynthesizer Ultraを納得感のある価格で提供する」との申し入れもあり、小川氏の使いなれた高位合成ツールであったCynthesizerが選ばれることになったとのことだ。