図1 2光子吸収の原理
図1 2光子吸収の原理
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図2 SEMで撮影した凸形状の記録マーク
図2 SEMで撮影した凸形状の記録マーク
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図3 2光子吸収材料の構造とレーザ光の照射時間による凸形状の変化
図3 2光子吸収材料の構造とレーザ光の照射時間による凸形状の変化
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図4 光透過率の比較
図4 光透過率の比較
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図5 製造方法の比較
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図6 17PPでの記録再生結果
図6 17PPでの記録再生結果
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 富士フイルムは、2光子吸収による発熱を利用した光ディスクの新しい記録方式を開発した。1層当たり25GバイトというBlu-ray Disc(BD)と同等の記録密度を達成し、さらに20層の多層化が可能なことを確認。これらにより、両面で1Tバイトの光ディスクを実現できることを見いだした。富士フイルムは「2015年までに製品化する」ことを目標に掲げる。

 今回開発した新しい記録技術は、(1)将来的にディスク1枚で15Tバイトを実現できる可能性があることと、(2)磁気テープ並みの低コストが期待できること、という二つの大きな特徴がある。

多値化と多層化に向く


 まず、前者に関しては今回の記録方式は多層化に向く2光子吸収現象を利用している(図1)。具体的には、2光子吸収に伴う反応をレーザ光の焦点の狭い範囲に限定できるため、記録層の数を増やせる。

 2光子吸収現象の利用自体は過去にも研究開発例があった。これらに対して、今回の富士フイルムの発表は、2光子吸収現象に「ヒートモード記録」方式を組み合わせている点が新しい。ヒートモード記録とは、高エネルギー密度のレーザ光を照射して記録材料の微小部分の温度を瞬間的に上昇させることで非可逆変化が生じる現象を利用する技術である。レーザ光を照射した部分には凸形状の記録マークが形成される(図2)。今回の実証では、Ti/Sレーザ(405nm、76MHz、2p秒)を用いた。光学系の開口数(NA)は0.85。

 今回の方式による記録素子は、レーザ光の照射によって凸形状の記録マークができる記録層と、それを挟むようにUV硬化樹脂層と粘着材層で構成される(図3)。記録したデータは、記録層と粘着材層の界面反射光量の強度変化を検出して読み出す。記録した箇所は凸形状の記録マークによって表面散乱や回折が起きるため、記録していない箇所よりも反射率が低下する「High-to-Low極性」(2値)で変調する。なお、記録層とUV硬化樹脂層は屈折率をほぼ同一にしており、この界面で反射が起きないようにしている。

 さらに、照射するレーザ光の照射時間を変更することで、凸形状の記録マークの高さを制御することができる。このため、「現状では凸形状の有無で2値だが、4段階に制御して4値化(記録容量2倍)、さらに8段階に制御して8値化(記録容量3倍)できる可能性がある」(同社 記録メディア事業部 記録メディア研究所 主任研究員の北原淑行氏)。

 加えて、今回の2光子吸収材料は高い光透過率も持つ。記録層を20層作成した試作品で実測したところ、87%を記録した(図4)。この測定結果から「100層でも約50%の透過率を維持できる」(北原氏)と推定する。現行のBDでは「4層で透過率は65%程度まで落ちてしまう」(同氏)。

 以上の結果から推測し、富士フイルムは「25Gバイト/層×3倍(8値化)×100層×2倍(両面)=15Tバイトの光ディスクが将来的に可能」(北原氏)とする。

コストはHDDの1/3


 特徴の二つ目である低コストに関しては、「Web塗布」によって記録層およびUV硬化樹脂層、粘着材層を作成して貼り合わせるようにすることで製造プロセスを簡略化した。これに対して、BDではスピンコートとスパッタリングを1層ごとに繰り返さなければならない。「4層のBDを作成するためには147秒必要だが、我々の方式では8層構築しても58秒で済む」(同社の北原氏)と優位性を語る(図5)。

 記録メディアとして競合するのはHDDと磁気テープだ。HDDは高コストだが、アクセス時間が数m秒と高速である。一方、磁気テープはHDDに比べてアクセス性に劣るが、運用を含めたコストは約1/3と低い。そこで、HDDは容量の小さな特定ファイルの保存・管理の用途、磁気テープは高転送速度で大容量データのバックアップする用途、というように使い分けられている。これらに対して、今回の2光子吸収ディスクは「磁気テープと同等の低コストで、しかもアクセス時間が短い」(同社 記録メディア事業部の長田善彦氏)。アクセス時間は数百m~数十m秒程度だ。

 実用化の際に課題となるのが、再生信号の反射率が0.5%と低いこと。20%あるBDの1/40しかない。BDと同じ符号化方式である17PPで記録再生を確認しているが、今後は「ドライブ・メーカーの協力を仰ぎながら開発を進めていきたい」(同社の北原氏)という(図6)。

 なお、開発品に用いた粘着質層はリンテックの協力を得ている。また、本研究は「NEDO次世代戦略技術実用化開発助成事業」として実施された。

 富士フイルムは、今回の成果を「2012年国際放送機器展(Inter BEE 2012)」(開催期間2012年11月14~16日、幕張メッセ)でパネル展示する予定。