国際電気通信基礎技術研究所(ATR)は、無線LAN方式「IEEE802.11シリーズ」の標準化団体であるIEEE802.11WGに、新手法のマルチユーザーMIMO伝送方式を提案した。2012年7月15日から20日に、米カリフォルニア州サンディエゴで開催されたIEEE802.11WGの総会で、次世代無線部会(WNG:wireless next generation)においてプレゼンテーションを行ったもの。

 マルチユーザーMIMOはシステム容量を高めることができる技術として、次世代無線LAN「IEEE802.11ac」のオプション仕様に盛り込まれている。ATRはこうした既存の手法より、さらに伝送効率を高められる方式として提案しており、「11ac」の後継となる次々世代の無線LAN方式のシステム容量向上に寄与することを目指す。

 ATRが提案したのは、「ノンリニア型」と呼ぶマルチユーザーMIMO方式。室内など、アクセスポイントと端末が見通し区間に存在するような環境下で、威力を発揮できる方式という。マルチユーザーMIMO伝送は、一つの基地局から複数の端末(ユーザー)に対して、同一の周波数で異なる信号を空間分割によって伝送する技術。通常のマルチユーザーMIMO伝送では、端末が空間的に隣接した位置にあると、ユーザー信号同士の干渉が十分取り除けず、空間分割が難しくなってしまい、システム容量を高められないという課題がある。ATRの提案方式は、端末が比較的近い位置に存在しても、システム容量を高められるように、より高度な干渉補償技術を用いて分離するというコンセプトである。

 ATRが用いている技術は、従来のリニア型で一般的なMMSE(最小平均二乗誤差)演算を用いた干渉補償ではなく、「Vector Perturbation(VP)」と呼ばれるノンリニア型のアルゴリズムを活用した干渉補償を実行する。MMSEを活用する手法は演算量が少なく済むものの、「端末が空間的に分離できない位置にある際に十分効力を得られないという課題があった」(ATR)という。これに対してVPを活用する手法は、演算量が増加するという課題があるが、隣接した端末を空間分割する能力を上げられるため、条件によってはシステム容量を2倍程度まで高められる可能性があるという。

 ATRは、既に同技術の効果を検証するためのシステムを試作しており、プレゼンテーションでは測定データも明らかにした。3.36GHz帯付近を使い4×4構成のマルチユーザーMIMOシステムとして実現している。同システムでMMSE利用の場合とVP利用の場合を同一変調方式で比較したところ、条件によっては実効スループットで2倍以上の差異を確認したという。なお、この研究は、総務省の研究委託「非線形マルチユーザMIMO技術の研究開発」により実施したもの。

 ATRの今回の提案は、あくまで研究成果の紹介にとどまっているが、今後は他の次世代無線LANへの技術提案と組み合わせるなどにより、次世代方式のコア技術として採用されることを目指す。