今後、ヘルスケアを事業として立ち上げるためには、過去の阻害要因を乗り越え、いかに魅力的なサービスをユーザーに提供できるかどうかにかかっている。

 すでに、センサーを使って血圧や歩数(活動量)、体重等の生体データを収集・蓄積する仕組みはできており、一部でデータ管理をするサービスも始まっている。しかし、単にデータを“見える化”しただけでは、個人にとってその価値を見いだしにくい。これはエネルギー管理(HEMS)にも共通の問題である。

 そこで大きな役割を果たすのがクラウドである。データを蓄積し、大規模な情報処理能力と解析エンジンを使ったデータの統計処理により、人の力では見つけられない知見を導き出すことができるようになる。そこから個人にカスタマイズした意味のあるアドバイスが可能になる。従来は個人のデータを取ったとしても一般の平均値との比較などが多く、カスタマイズ化したサービスの実現が難しかった。

 ただし、クラウドなどICTはあくまで黒子であり、差異化はサービスで行う。ユーザーのニーズをくみ取り、新たな価値をいかにユーザーに提供できるかが重要である。この場合、ICTなどのハードウェア提供者と、ユーザーと接点のあるサービス提供者は役割を分けた方が良い。ハード提供者がサービスまで行うと「自社のハードありき」の発想から抜けきれず、ユーザー視点に欠けてしまうためである。ユーザーにはどのようなサービスが受け入れられるか分からない不確実性もある。このため、クラウドなどの情報プラットフォームをオープン化し、エネルギー管理(HEMS)も含めた様々なサービスのアイデアを持ち寄るといった構造が、今後のあるべき姿となる。

今後5年以内に実現する利用シーン

こうした利用環境の下、今後5年以内(2012~2016年)にどのようなヘルスケア・サービスが展開されるか、具体的な利用シーンを想定した(図1)。

図1 今後5年以内(2012~2016年)の実現を想定した利用シーン
図1 今後5年以内(2012~2016年)の実現を想定した利用シーン
心拍センサーを使ったメンタルヘルス関連や女性をターゲットにした利用シーンが多い。技術的には現時点(2012年)では実現していないものも含む。テクノアソシエーツが作成。(テクノアソシエーツ「ヘルスケア産業はこうすれば立ち上がる」より)

 特に期待が高まるのがメンタルヘルス関連のサービスである。心拍センサーを使って自律神経活動を把握することでストレス管理などに活用できる。こうしたメンタル面での不調に関して、従来は客観的な評価手段があまりなく、しかも疾病発症後には有効な対応策を見つけにくいケースが多い。データに基づく個人別の評価で疾病発症前に手を打つことができれば、ユーザーに高い価値として見いだしてもらえる可能性が高い。

 新たなターゲットとして狙い目となるのが女性である。一般に女性は月周期で体調の変化があり、化粧をする際には顔色を気にするなど、生活の中で健康を意識するタイミングが比較的多い。また、更年期障害の問題もあり、個人レベルで体調を改善するサービスに対するニーズは高い。ヘルシーなランチを提供する「丸の内タニタ食堂」に訪れる客の大半が女性であるように、健康のために行動に移す意欲が女性は旺盛だと見られる。一方、高齢者も基本的に有望なターゲットであることから無視できない。高齢者は、ICTを駆使した最新機器の使用に抵抗感があると予想されることから、データの転送や送信などはできるだけ操作を簡単にするか、操作を不要にするといった配慮が不可欠となる。

 今後想定されるヘルスケア・サービスの多くは、「なんとなく体の調子が悪い」といった、病気まではいかないが体や心の不調を訴える人に解決策を提示するものである。従来はほとんどを自分で解決するしかなかったため、人々にとって、そのようなサービスは未経験の領域となる。ユーザーの関心を呼び共感を得るためには、サービスを設計する段階で、人々の新たなニーズを刺激し掘り起こすところから始める必要がある。