東日本大震災および福島第一原子力発電所の事故により、人々の安全・安心に対する意識が明らかに変化した。その具体例が、「エネルギー」と「健康」である。

 「エネルギー」では、原発事故により計画停電や電力使用制限が実施され、電力供給に対する不安が一気に広がった。そこで人々は電力を貯蔵できる蓄電池システムを買う行動に出た。例えば、ヤマダ電機の家庭用蓄電池システムは80万~180万円と高額にもかかわらず、2011年4月から半年で約600台が売れたという。「健康」については、原発事故による放射線被ばくの心配が契機となった。特に、汚染された水や食品が流通してしまうと広範囲で人々が摂取する危険性がある。2011年7月に発表された消費者庁の意識調査によると、普段の食品の生産地を気にする人が約70%に達し、そのうち約40%が理由として「放射性物質への懸念」を挙げている。震災を境に「エネルギー」と「健康」は人々にとって“与えられるもの”から、“自ら守るもの”へ大きく転換したといえる。

「エコ」と「ヘルス」が付加価値

  産業界ではこうした不安を解消するための提案が本格化してきた。例えば、住宅メーカーである。エネルギーの不安に対しては、太陽光発電と蓄電池を組み合わせた電力の自給自足システムや、電力使用量を自動で制御するエネルギー管理システム(HEMS)の導入により、停電や電力使用制限に対応できるようにする。健康の不安に対しては、生体データを使って健康状態を把握・管理するヘルスケア・サービスを提供する。先進的な住宅メーカーはこれらの機能を備えることが、次世代住宅の付加価値の源泉と位置づけている。

 そこではICT(情報通信技術)系メーカーも一翼を担う。エネルギー管理(HEMS)、ヘルスケアは、いずれもセンサーで検出したデータを収集・蓄積し、解析した結果をサービスとして提供する。このため、住宅内のデータを制御するためのホーム・ゲートウェイや、データを解析するためのクラウドは共通の情報プラットフォームとなる。また、サービスの情報のやり取りには、インターネットにつながったテレビやパソコン、スマートフォン(スマホ)など、ICTを駆使した製品が活用されることになる()。

タイトル
表 ヘルスケアとエネルギー管理(HEMS)の共通点
普及課題や核となる技術など共通点が多い。テクノアソシエーツが作成。
(テクノアソシエーツ「ヘルスケア産業はこうすれば立ち上がる」より)

 さらに、国の後押しもある。HEMSを家庭に導入する際に機器費用の一部を補助する経済産業省の制度が2012年度から始まる。HEMSの普及とともに、共通のプラットフォームを利用するヘルスケアも普及する環境が整ってきた。

「ニーズはあるが立ち上がらない」

 一方で、ヘルスケアは「潜在的なニーズはあるが産業として立ち上がらない」という定説があった。その主な阻害要因として以下の五つが挙げられる。

  1. 「健康な人はヘルスケア・サービスにお金を出さない」
    ヘルスケアの対象となるのは、基本的にまだ病気になる前の健康な人である。ヘルスケア・サービスによって病気が予防できたとしても、その効果を実感することができない。そうなるとユーザーがお金を払う理由付けは乏しくなる。
  2. 「医療に踏み込まないと、魅力的なサービスにはならない」
    ヘルスケアでは生体データを解析し個人にアドバイスをするサービスが基本となる。そのアドバイスが「医療行為」に踏み込むと、医師の協力が不可欠となり費用の問題などが生じる。逆に踏み込まないと、一般論となり個人にとって中途半端な内容となってしまう。
  3. 「ターゲットは、お金に余裕のある高齢者に限られる」
    ヘルスケアは対象によってニーズが異なるため、ターゲットを明確にする必要がある。有望なターゲットになり得る条件は「健康への意識が高い」、「お金に余裕がある」の二つ。これらの条件を兼ね備えるのは、基本的に“高齢者”しかない。
  4. 「医師が、ヘルスケアに積極的に関与する動機付けがない」
    現在の診療報酬制度では、ヘルスケア(健康増進、予防・未病管理)は保険でカバーされる保険診療の範囲から外れる。このため、医師には診療報酬の対象外であるヘルスケアにわざわざ踏み込む動機付けがないというのが一般的な見方である。
  5. 「法規制の壁が、ヘルスケア機器の選択肢を狭めている」
    ヘルスケアの機器を製品化する際には、医療機器とするかどうかが分かれ目となる。医療機器として製造・販売する場合には薬事法に基づいた申請を行い、許認可を得る必要がある。一方、医療機器として申請しない場合は目的や機能が制約を受けることになる。