――結局のところ、電源を知っているエンジニアがソフトウエアを学ぶべきなのか、ソフトウエアを知っているエンジニアが電源を学ぶべきなのか、どちらなのでしょうか?

財津 当社(米Texas Instruments Incorporated)には、リアルタイム制御用32ビット・マイコン(DSP)「C2000」という製品があり、これに向けたソフトウエアを開発するアプリケーション・エンジニアがたくさんいます。しかし、彼らに話を聞くと、「電源のソフトウエアなんて簡単すぎて面白くない」と言うのです。むしろ、電源メーカーに行ったソフトウエア・エンジニアのモチベーションをどうやって維持するかが問題なのかもしれません。

 つまり、デジタル制御電源のソフトウエアは、専門家であれば、普通のソフトウエア開発環境を使って普通にインプリすれば終わり。それだけのことのようです。ただし、電源のことは分からない。例えば、どうやってフィードバック・ループの制御系や異常時の動作をどうやって記述するのか。これらは、ソフトウエア・エンジニアだけでは解決できない問題です。しかし、当然ながらハードウエア・エンジニアだけでは、ソフトウエアを開発できない。両者を融合させた知識や経験を持ったエンジニアが必要なわけです。こういったエンジニアをいかに育成するか。それが問題ですね。

鈴木 その場合、電源を知っているハードウエア・エンジニアがソフトウエアを学んだ方が早いと思います。電源には磁気回路など難しい部分があるので、ソフトウエア・エンジニアがすぐに理解するのは難しい。

財津 ただし、実際にソフトウエアのコードを記述する際は、1行1行の計算時間を追い込んでいくという作業が必要になります。リアルタイム制御が求められるからです。ハードウエア・エンジニアがここまでできるようになれるのかは、疑問ですね。

 少なくとも、ハードウエア・エンジニアは、計算時間の点で「ゆるゆる」のソフトウエアを書いて、ソフトウエア・エンジニアがそれを改良して計算時間をしっかり追い込み、リアルタイム処理が可能になったコードを検証できる程度のレベルに達していないとだめですね。

前山 社内で議論したことがあるのですが、実際には、ハードウエア・エンジニアとソフトウエア・エンジニアだけでは不十分で、デジタル制御電源の開発にも最終的にはシステム設計のエンジニアが必要だと思います。

 極論すれば、ハードウエア・エンジニアが主導権を握ってしまうと、ハードウエアで何でもできてしまうので、ソフトウエアの方が低コストでインプリできる機能もハードウエアで実現してしまう。ソフトウエア・エンジニアが中心になると、その逆のパターンが起きてしまう。従って、全体を俯瞰できる立場から、どうすれば最適なバランスになるかを考えるシステム設計エンジニアが必要なわけです。

 それから先ほど、財津さんから、「デジタル制御電源のソフトウエア開発は、ソフトウエア・エンジニアにはあまり面白くない仕事」という指摘がありました。その理由は、電源の本質であるPWM(pulse width modulation)制御のコードは、数行にすぎない点にあると思います。

財津 そうですね。

前山 デジタル制御電源のソフトウエアは数千から数万ステップもありますが、90%以上が保護回路、もしくはシーケンスに関する記述です。

財津 そうそう。初期設定とシーケンスと保護ばかり。PWM制御の部分なんて、本当に1行しかない。

前山 本当にその通りで、1行、2行、3行の世界なのです。従って、電源の制御の部分は、仕様さえ固まれば、数時間もあれば書けてしまう。ほかの何十時間、何百時間は、保護回路などの記述に費やすわけです、でも、保護回路は普段使われない機能です。作業しているソフトウエア・エンジニアにしてみれば、使われないコードを一生懸命書いていることになる。当然、無力感に襲われますよね。

――そうした異常状態のソフトウエアであれば、リファレンスを記述して、それをサンプルとして組み込めば、作業を大幅に簡略化できると思うのですが?

前山 ソフトウエアの世界で言うところの構造化、モジュール化ということですね。それは今やっているところです。恐らく、各モジュールが完成すれば、ある段階からはモジュールを組み合わせるだけで保護回路に関するコードが得られると思います。時間を大幅に短縮できるでしょう。

財津 ソフトウエアのモジュール化、カプセル化、階層化をきっちり進めれば、残りは「それをきっちりまとめたコードを記述するのは誰ですか」ということになる。それは、鈴木さんが指摘した通り、電源を理解しているエンジニアですが、ソフトウエアをある程度書けるところまで勉強する必要がありますね。

デジタル制御電源市場は現在、普及前夜

――今回、デジタル制御電源は、電気自動車やハイブリッド車、通信装置、半導体テスタなどですでに採用が始まっているという話をうかがいました。ここで知りたいのは、実際のところデジタル制御電源はどの程度使われているのかという点です。現在、どのような状況にあるのでしょうか。

タイトル
日本テキサス・インスツルメンツの財津氏

財津 市場調査会社であるマーケティング・アイ(ホームページ)が2010年にデジタル制御電源市場を調査し、報告書を発行しました。その調査では、フルデジタルとデジタル・インタフェース、デジタルPFC(power factor control)という三つのカテゴリーに分けて調べており、その内容から類推すると2011年は恐らく、三つのカテゴリーを合計して約1億個だと思われます。

――電源モジュールの数量ですか?

財津 いいえ。半導体チップ(IC)の数量です。ただし、約1億個の多くがデジタル・インタフェースを採用したICです。つまり、アナログ制御にデジタル・インタフェースを組み合わせたPOLコンバータ用ICが大半を占めていると思われます。フルデジタルは恐らく、通信装置の中で使われている絶縁型のDC-DCコンバータ用ICぐらいだと思います。

――ハードウエア・ベースのフルデジタル制御電源や、マイクロプロセサ用VRM(voltage regulator module)も約1億個に含まれているのですか。

財津 入っていると思います。それらを入れても約1億個にすぎない。恐らく、DC-DCコンバータ用ICは1年間に100億個程度販売されています。そうすると、市場占有率はわずか1%ということになります。逆に言うと、「伸びしろ」はたくさんあるということだと思います。