「光のダイオード」のイメージ図。SiO<sub>2</sub>基板上にSi製の導光路(リング共振器を含む)を作製して実現する。リング共振器#1(NF)と#2(ADF)の大きさは同じだが、ポート1につながる導光路との距離が異なる。
「光のダイオード」のイメージ図。SiO<sub>2</sub>基板上にSi製の導光路(リング共振器を含む)を作製して実現する。リング共振器#1(NF)と#2(ADF)の大きさは同じだが、ポート1につながる導光路との距離が異なる。
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 米Purdue Universityと中国Shanghai Institute of Microsystem and Information Technology(中国科学院上海微系統与信息技術研究所)は、同大学の研究者が「光にとってのダイオード」をCMOS技術と互換性のあるSi系の材料だけを利用した受動素子で実現したと発表した(発表資料)。光通信で利用する波長が1.5~1.6μmの光を想定する。光信号を順方向に入力した場合と、逆方向に入力した場合の信号の出力比は、およそ20dB以上であるという。詳細は、学術誌「Science」の電子版に論文が掲載された。

 ここでいう「光のダイオード」とは、光信号を順方向にはそのまま通し、逆方向にはほとんど通さないという機能を備えた素子である。一般には「光アイソレータ」と呼ばれ、レーザ半導体の安定化に重要な素子として用いられている。受光素子に用いられる「photo-diode(PD)」とは全く異なる機能の素子である。

 これまでの光アイソレータは、ファラデー素子などの磁気光学効果を用いた能動素子を用いて作製されていた。これを受動素子で実現することは、原理的に困難とされていた。Purdue大と中国科学院の両方に籍を置く、Minghao Qi氏(Webページ)の研究グループが、世界で初めて受動素子としての光アイソレータ、すなわち「光のダイオード」を開発した。

 この「光のダイオード」は、基本的な共振周波数(または共振波長)が等しい二つのリング共振器NF(notch filter)とADF(add-drop filter)を組み合わせたものから成る。NFは共振波長の信号を吸収する。一方、ADFは共振波長の信号を吸収した後、出力もする。二つの共振器は、それぞれ順方向側の光導波路から異なる距離に置かれている。

 ダイオードとしての機能は、この距離の違いと共振器自身の非線形性を組み合わせることで実現している。非線形性とは、光信号の強さによって共振波長が変わる現象である。具体的には、以下のように動作する。

 まず、順方向であれ逆方向であれ、共振波長λ0以外の弱い光信号を入力した場合は、ダイオードとしての機能はほとんど働かず、そのまま弱い光信号を出力する。これは、いずれの共振器でも共振波長が変化しないためである。入力する光信号の波長がλ0に等しい場合は、順方向であれ逆方向であれ、信号の出力はほとんどない。

 順方向に波長λ0で強い光信号を入力すると、非線形効果によってNFの共振波長がλ0からずれるため、NFでは信号が吸収されずにADFに光信号が伝わる。ただし、ADFは、NFに比べて導光路からやや離れているため、伝わる光信号が相対的に弱く、ADFの共振波長のずれも小さい。その結果、光信号がADFと共振し、素子の出力ポートに伝わる。

 逆方向に波長λ0の強い光信号が入力された場合は、ADFの共振波長がλ0から大きくずれるため、ADFが順方向側の光導波路に出力する光信号は大幅に弱くなる。この結果、NFでの共振波長のずれは起こらず、光信号のほとんどをNFが吸収してしまう。つまり、光信号はほとんど出力されない。

 実際に作製した「光のダイオード」は、SiO2基板上に約500nm幅のSi導光路を形成したもの。リング共振器の半径はNF、ADF共に5μmだが、順方向入力側の導光路との距離は、NFは470nm、ADFは600nmなどと異なる。共振波長λ0は、1630nmなど。約85μWという強い光信号を用いた場合、順方向と逆方向での出力差は20dB。入力信号が850μWの場合は、同29dBになったという。

 同素子は受動素子ではあるものの、NFとADFの共振波長を一致させるため、NFの周りにチタン(Ti)を用いたオンチップ・ヒーターを置き、NFの共振波長を微調整する仕組みも実装している。