デジタル化は「目的」ではなく「手段」

司会の山下氏

——分かりました。それでは、この定義にしたがって、次の議論に入りたいと思います。次のテーマは、デジタル制御電源のメリットについてです。現在、デジタル制御電源が業界で話題になっていますが、そのメリットが今ひとつはっきりしていないように感じています。そもそもデジタル制御電源の最大のメリットとは何なのでしょうか?

前山 まず、ソフトウエア制御のデジタル制御電源のメリットについて話をします。

 最大のメリットは、設計の再現性です。これがアナログ制御と決定的に違うところです。例えば、電源の開発時には、制御系の安定性をどうやって確保するかがポイントになります。アナログ制御を採用した場合は、個々の構成部品のバラツキが制御系の安定性に影響を与えます。周囲温度が変われば、部品の特性が変わります。これは制御系の安定性を損ねる原因になります。ところがデジタル制御の場合は、そのバラツキをゼロにできる。非常に大きなメリットだと言えるでしょう。

 デジタル制御電源のメリットをもう一つ挙げましょう。アナログ制御の場合は、新しい制御方式を採用しようとすると、それを実現するためにICを新たに設計する必要がある。カスタムICを起こさなければならない。一方、ソフトウエア制御であれば、ハードウエアには汎用DSPを使い、新たなソフトウエアを開発すれば、さまざまな制御方式に対応できます。新しい制御方式や新しい回路を開発したとき、それを容易に製品に反映できる。これがもう一つの大きなメリットだと考えています。

——なるほど。今、指摘いただいたのは、電源メーカー側のメリットですね。ユーザー(お客さん)側の最大のメリットは何でしょうか。

鈴木 結局のところ、お客さんがあって、我々の仕事が存在します。現在の状況は、お客さんが求めていないのに、電源メーカーが勝手にデジタル制御電源を作って、お客さんに売り込んでいるわけです。しかし、お客さんの反応は「そんなものは使わないよ」が大半です。

 しかも、お客さんは電源技術に詳しい人ばかりだとは限らない。電子機器メーカーの購買部門を訪問して、「これはデジタル制御電源です」と説明しても、その詳細を知らないと話に乗ってこない。通常であれば、「この電源はリップルが小さいです」「この電源はノイズが少ないです」などと説明すると、購買部門の担当者も「それはいいね」という話になって、「部屋を用意するのできちんと説明して」ということになる。しかし、「デジタル制御電源」という名前を出すだけではだめ。メリットをまったく感じてもらえない。

 さらに、電子機器メーカーのエンジニアを訪問して、「PMBusを使いましょう」と提案しても、「PMBusって何?」という方がまだ少なくない。そもそも、そこから説明しなければならない。

 従って、「デジタル制御電源」というのは、現状、売り文句になっていない。電源の回路方式や制御方式は変わったけど、お客さんは従来品と同じように使えるうえに、回路方式や制御方式を変更した結果、構成部品が3割程度減って安くなったとか、小さくなったという話ができるようになれば、お客さんはやっと「それはいいね」と反応してくれる。それ以外は、お客さんにとっては「いいね」ではなく、「どうでもいいね」というわけです。

前山 まったく同感です。デジタル化は、あくまで目的ではなく手段です。お客さんが求めているのは、変換効率の向上や、外形寸法の小型化、ノイズの低減などです。こうした要求とデジタル化は、同列ではなく別次元です。

 お客さんの要求を実現する手段として、デジタル制御がよければデジタル制御を使えばいいし、アナログ制御がよければアナログ制御を使えばいい。それは、電源メーカーが選べばいいことで、ユーザー(お客さん)はどちらの方がよいとはあまり言ってきません。だから、「デジタル制御電源です」と売り込んでも、ユーザーに対する訴求効果はあまりない。

財津 デジタル制御電源は電源エンジニアだけが注目しているのであって、お客さんはどうでもいいって思っているのではないですか。デジタル制御電源を求めているのは、米国の一部の装置メーカーだけですよ。

前山 その通りです。しかも、そのメーカーというよりは、そのメーカーのエンジニアがデジタル制御電源に多大な技術的な興味を抱いているからでしょう。

財津 米国の一部の装置メーカーがデジタル制御電源を要求している理由は、消費電力のモニタリングにあります。データセンターのランニング・コストを下げるには、消費電力の管理が必須です。このためデジタル・インタフェースを求めているわけです。 

 それ以外の装置メーカー、例えば産業機器メーカーにしても、民生機器メーカーにしても、メーカー(お客さん)の方から「デジタル制御を採用した電源が是非ほしい」と言ってくるところはあまりないようです。

 ただ、デジタル制御は、電源の低コスト化や短納期化、小型化といった可能性を秘めています。実際に、こうしたことが実現されれば、お客さんは興味を持ってくれるでしょう。

デジタル電源・座談会(中)に続く