だが、結局、どれも成功しなかった。その理由はXerox社と大差なかった。値段が高過ぎたり、利用者の発想を超えてしまっていたり。必要なインフラが整っていない場合もあった。

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 中にはうまく行ったものもある。NTTドコモの「iモード」や、米Palm社のPDAなどだ。しかし、その輝きは続かなかった。iモードは日本国外に広がらず「ガラパゴス」と揶揄され、Palm社などのPDAは市場自体が消えてしまった。

 死屍累々の中で、ポスト・パソコンの本格的なうねりを起こしたのがApple社だ。同社が加速したポスト・パソコンの流れは、一過性ではなさそうだ。iPhoneの登場をキッカケにしたスマートフォン化の波は、従来型の携帯電話機の世界を塗り替えつつある。iPadの爆発的な売れ行きは、他社を巻き込みながら新しい市場を育てている。

 なぜ、Apple社だけが何度も新時代を切り開くことができたのか。実際の開発過程を振り返ると、その秘密が見えてくる。Jobs氏らは、必ずしも未来をありありと思い描いて開発を進めたわけではなかった。むしろ彼らが全力を注いだのは手元の製品の作り込みだった。その時々で同社が注力すべき製品を確実に作り、それを土台に次の製品を育てた。その繰り返しがiPhoneやiPadの誕生につながった。

「最高の体験」を重視

 Apple社が製品の開発で何より重視したのは、利用者に最高の「体験」を届けることだった。iPodでは利用者が所有する音楽のライブラリをいつでも持ち運べる「体験」を目指した7)

 iPodの前にも、携帯性の高いMP3プレーヤーや音楽ライブラリを保存できる製品は多く存在した。ただし、ポケットに入る大きさで大量の楽曲を保存できる製品はなかった。消費者向けの製品に使える、小型で大容量の外部記憶装置がなかったからだ。Apple社は、東芝が開発したばかりの1.8インチ型HDDを使ってこの問題を解決した。

 Apple社が使いやすさやデザインにこだわったのは言うまでもない。ぐるぐる回る「スクロールホイール」を中心としたUIを開発することで、1000曲にも及ぶ楽曲に難なくアクセスできる仕組みを提案した。白い筐体に輝くステンレス鋼を組み合わせたデザインは、今なお色褪せない。

 価格にも配慮した。初代iPodの米国での価格は399米ドル。高価であることを酷評されたが、部品コストを詳細にみると、実は破格の値付けだった。同じHDDを使ったとみられる東芝のPCカードは当時、5万円程度で売られていた。iPodよりもはるかに部品点数が少ないにもかかわらず、である。

 Apple社が考えた「最高の体験」とは、それまでの製品では味わえなかった使い心地を、手を出せる範囲の価格帯で提供することである。そのためには、その時に入手可能な技術を自社・他社の区別なく活用した。同社の製品に消費者が引かれる理由の底流には、この考え方が常に流れている。 (次回に続く)

参考文献
1)次のURLからインタビューを収録したビデオをポッドキャストとしてダウンロードできる、http://itunes.apple.com/jp/podcast/steve-jobs-at-d8-conference/id377953458
2)Weiser, M., The Computer for the 21st Century, Scientific American, Sept.1991, http://www.ubiq.com/hypertext/weiser/SciAmDraft3.html
3)Davis, J., "Apple shutters Advanced Technology Group," Oct. 7, 1997, CNET, http://news.cnet.com/2100-1001-203996.html
4)今井、「未来のコンピュータ像を、Xerox PARCの研究に探る」、『日経エレクトロニクス』、1993年11月22日号、no.595、pp.115-124.
5)Chesbrough, H., "XTV: Xerox's Attempted Recovery From "Fumbling the Future","Apr., 2003, Harvard Business School, http://hbswk.hbs.edu/item/3413.html
6)Weiser, M.,Gold, R.,Brown, J. S., "The origins of ubiquitous computing research at PARC in the late 1980s," IBM Systems Journal, vol. 38, no.4, pp.693-696, 1999., http://ieeexplore.ieee.org/xpl/freeabs_all.jsp?arnumber=5387055
7)Phil Keys、「iPodの開発」、『日経エレクトロニクス』、2004年5月24日号~8月2日号、http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20080714/154759/