PARCのWeiser氏が思い描いたユビキタス・コンピューティングは、あたかも紙のように直感的に扱える、様々な大きさの無数のコンピュータが無線ネットワークで相互につながる世界だった1)。PARCでは、1980年代末から1990年代初頭にかけて3種類のコンピュータを実際に試作した。

 手の平大の「Tab」、ノート大の「Pad」、ホワイトボード大の「Board」である。大きさや使い勝手で考えると、Apple社のiPhoneはTab、iPadはPadを製品として具現化したものと呼んで差し支えないだろう。

 PARCの発想をApple社が製品にするのはこれが始めてではない。パソコンの世界にグラフィカル・ユーザー・インタフェース(GUI)を広めた「Macintosh」は、PARCの研究に触発されたJobs氏らが生み出した。実は、Xerox社にも「Star」というGUIパソコンがあった。

PARCでアイデア、Apple社が製品に

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 しかし、利用者が圧倒的に支持したのはMacintoshだった。Xerox社は、コンピュータに革命を起こすチャンスを二度に渡って他社に譲ってしまったのだ。しかも全く同じ相手に。

 Xerox社も、後のApple社と同様にユビキタス・コンピューティングの成果を製品化したことがある。1990年代前半、Xerox社の子会社だった米LiveWorks社がホワイトボード大の画面を備えたコンピュータ「LiveBoard」を売り出した。67型のカラー画面を備え、ペン入力が可能で、遠隔地にある2台を通信ネットワークでつなぎリアルタイムで共同作業ができた。ところがこの製品は数百台しか売れず、LiveWorks社は1998年に解散の憂き目にあった5~6)

 今から考えれば、LiveBoardは時代の先を行き過ぎていたのだろう。何よりも価格が高かった。1台当たり4万~5万ドルもしたのだ。重さは約250kg。現在の技術を使えば遥かに安くて軽い製品を開発できるだろう。

 LiveBoardのもう一つの問題は、あまりに先に行き過ぎた発想ゆえに、利用者の意識が付いてこなかったことだ。インターネットが普及し、仕事でパソコンが不可欠な今でさえ、ネットワーク経由の共同作業はそれほど普及したとは言いにくい。オフィス内のネットワーク環境が珍しかった当時のビジネスパーソンには、使いこなし方が分からなかっただろうことは想像に難くない。

 ポスト・パソコンを担う製品を目指して苦杯をなめたのはXerox社だけではない。1990年代以降には、パソコンの次を狙った研究や製品が山ほど登場した。研究では、ヘッドマウント・ディスプレイとコンピュータ・グラフィックス(CG)を組み合わせた仮想現実感(VR:virtual reality)や、拡張現実感(AR:augmented reality)、常に身につけて使うウエアラブル・コンピュータなどの斬新なアイデアの技術が次々に生まれた。製品でも、携帯型情報端末(PDA)やペン入力パソコンが競うように現れた。