僕は、Macintoshの大きな功績が「DTP(desk-top publishing)」の提案にあったとみている。キヤノンのレーザー・プリンター技術を使って「LaserWriter」を開発し、パソコンと組み合わせた文書作成・印刷のシステムという流行を作り出した。

 当時、手紙を書く際には米IBM社製のセレクトリック・タイプライターを使うことが一般的だったが、それを駆逐する端緒となったのは、LaserWriterがMacintoshとほぼ一体のシステムだったからだ。出版物(文書)の編集をはじめ、音楽や映像といった「メディア」の編集をコンピュータ技術で変革するという背骨は、Jobs氏が世に問う製品に一貫して存在した。

 一度は追い出されたApple社に戻ったJobs氏は、カラフルなデザインのパソコン「iMac」で同社の危機を救った。その背後では、高速・大容量のMacintoshを製品化し、音楽や映像の編集現場に革新をもたらした。これは、NeXT社でUNIXコンピュータの開発環境を整え、Pixar社で映画製作用の3次元CGソフトウエアを開発した経験が生きたのだろう。

プロ向け機器が育てた「iPhone」

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 出版物、音楽、映像を編集するプロフェッショナル向けのプラットフォームとしてのMacintoshを完成させた経験が、その後に一般消費者向けの機器「iPod」の成功につながった理由だと、僕は思っている。

 ご存じのように、音楽CDのコピーが横行する中、Jobs氏はiPodと一緒に「iTunes」を提案し、有料でコンテンツを販売する配信基盤「music store」を整えた。これは、誰もなしえなかった功績だ。1990年代後半から2000年代の前半にかけては、米Napster社や米Google社のようにコンテンツを無料で流通させることがブームになっていた。そんな時代にクレジットカード情報をユーザーに入力させ、ワンクリックでコンテンツを買わせる仕組みを構築できたのは画期的なことだった。

 今をときめく「iPhone」は、iPodに携帯電話機能を付与したという意味で、その延長線上にある。この二つの製品のヒットが、Apple社に対する世の中の評価を決めた。Apple社の株価は、このヒットと同期して上昇を始める。

 ここで、少しメディア関連の技術覇権の歴史を振り返ってみよう。ラジオとテレビの黎明期、市場を創造したのは米国企業だった。RCA社がラジオを開発し生産することで、NBCなどのメディア企業がAM・FM放送や、NTSC方式によるテレビ放送を開始し、音楽や映像を流通させる分野で世界の主導権を握った。