京都大学 大学院情報学研究科 通信情報システム専攻 教授の守倉正博氏
京都大学 大学院情報学研究科 通信情報システム専攻 教授の守倉正博氏
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 無線LAN(Wi-Fi)機能を利用する機器の種類が拡大している。使い道が広がる一方で、これまでと異なるニーズも発生するようになってきた(日経エレクトロニクスの関連記事)。かつてNTTで無線LAN関連の研究開発に携わり、5GHz帯無線LAN仕様「IEEE802.11a」の策定を主導的に進めたことで知られる、京都大学 大学院情報学研究科 通信情報システム専攻 教授の守倉正博氏に話を聞いた。


――現状の無線LANをどのように見ているか?

守倉氏 無線LANの使われ方が、以前とだいぶ変わってきた。かつては、パソコンやネットワークにある程度詳しいユーザーが無線LANを使っていた。それが今では、それほど詳しくないユーザーが使う機会が増えている。


 無線LANのコンセプトは、もともと自律分散的なものだった。家庭やオフィスにそれなりに詳しいユーザーがいて、ネットワークやセキュリティーの設定をしてくれるという前提のもとに設計されていた。しかし現状では、そのように詳しい人がいない所でも、なんとか使えなければいけない。こうなると、これまでの「自律分散型」ではなく、通信事業者や管理者が積極的に末端へ関与する、「集中制御型」にした方が良いのではないか。


 集中制御型では、家庭やオフィスに設置されている無線LANのアクセス・ポイントの設定を、ネットワークを介して通信事業者が事細かに変更したりするものである。アクセス・ポイントの機能の大部分も、ネットワークを介して外部に設置する。例えば無線LANアクセス・ポイントの通信に欠かせないMAC層処理や物理層処理の一部も、外部の管理センターに処理を委ねてしまう。つまり、家庭やオフィスに設置するアクセス・ポイントは、RF回路とA-D変換機能などフロントエンド部分だけにし、MAC層以上の処理はすべて外部の設備で行ってしまうのだ。この場合のメリットは、さまざまな家庭内ネットワークの無線伝送仕様に、一つのアクセス・ポイントで対応できる点である。IEEE802.11nだろうと、次世代無線LANだろうと、またはZigBeeだろうと、RF回路で受けてその後の処理はセンター側で実行するので、ユーザーは気にしなくて済む。アクセス・ポイントをフロントエンド部分だけにして上位処理を外部で実行することで、アクセス・ポイントが一種のソフトウエア無線機のように振舞う。


 こうした発想が生まれるのは、光ファイバ回線が家庭やオフィスに普及してきたからだ。光ファイバであれば、100Gビット/秒といった高速性を確保できる。家庭やオフィスから外部に出て行く光ファイバ回線がどんどんブロードバンドになっていくのであれば、これまで家庭などのアクセス・ポイントが処理していた機能の一部を、外部で肩代わりできるようになる。コンセプトとしては、いわゆる「クラウド・コンピューティング」に近い。我々はこうした、光ファイバ通信とソフトウエア無線を組み合わせたコンセプトを「ワイヤレスクラウドネットワーク」と呼んでいる。


――光ファイバ回線の容量が大きくなるとしても、外部にMAC層処理などを委ねる場合、通信の遅延時間が問題になるのではないか?

守倉氏 確かにその点は課題になる。そのため我々は、通信の遅延時間を軽減する手法の研究開発を進めている。


――無線LANの標準化委員会であるIEEE802.11では現在、Gビット/秒級のスループットを狙った「11ac」や、ミリ波活用で高速化する「11ad」などの次世代仕様が討議される一方で、長距離伝送を狙う「11af」など新たな方向性を模索する動きが見られている。無線LANの次世代仕様の現状をどのように見ているか?

守倉氏 無線LANの進化は現在、ある種の「壁」にぶつかりつつあると思う。