交通事故死者を減らすには、どうしたらよいのか――。

 代表的な答えは、衝突時に乗員を守るエアバッグ・システムや衝突の影響を軽減する車体構造といった、車両を進化させることであろう。国内における交通事故死者数は年々減少し、2009年に5000人を切ったのは、自動車の安全システムの進化が貢献したとされる。2006年1月、当時の小泉純一郎首相を本部長とするIT戦略本部は「世界一安全な交通社会」を目指し、「2012年度に交通事故死者数5000人以下を達成する」と宣言したが、それを大きく前倒しての5000人以下の達成である。今後は、衝突を事前に察知して事故の影響を軽減するプリクラッシュ・セーフティー・システムの普及、そして衝突や追突などを未然に防ぐ高度道路交通システム(ITS)の拡大が、交通事故死者数のさらなる削減につながると期待されている。

 だが、自動車の安全システムだけが、交通事故死者数を減らす手立てなのだろうか。実は、交通事故の発生件数は70万件超と、一時期よりも減ったとはいえ依然として高い水準にある。致死率(死者数を、死者数と負傷者数の合計値で割った値)は0.54%と、ここ数年は下げ止まっている。交通事故の発生件数を減らさない限り、交通事故死者数を大きく削減するのは難しいようだ。ITSの普及・拡大は交通事故を未然に防ぐ効果が望めるが、運転者の運転スキルがさらに高まれば、交通事故をもっと減らせるはずだ。

 こうした中、電子技術を活用して運転者のスキルを定量的に評価し、評価結果をフィードバックすることで運転者の予防安全意識を向上させようと活動しているのが、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)である。左折時や右折時における左右確認の確実さ(首の角度や時間)、カーブを曲がるときの速度、アクセル・ペダルやブレーキ・ペダルを踏むタイミングなど、普通に路上を運転する際の運転者の挙動を数値化する。運転者の運転のクセを見つけ出し、理想的な運転とのズレを明確にする。客観的に評価された結果を運転者が認識することで、運転の“慣れ”の中にある潜在的な危険性をあぶりだし、交通事故の“芽”を摘むことを狙う。2008年に実用化して以来、応用範囲を広げて着々と実証データを集めてきたATRのシステムを取材し、予防安全への効果を探った。

頭のセンサと右足のセンサで運転者の状況を把握


 ATRのシステムでは、3軸加速度センサと3軸ジャイロ・センサ、さらに仕様によっては3軸地磁気センサも搭載したセンサ・モジュールを使う。運転者は、センサ・モジュールを取り付けた帽子を被り、右足にも同モジュールを取り付ける(図1)。帽子のセンサ・モジュールで左右を向く顔の角度などを検出し、右足のセンサ・モジュールで足がアクセル・ペダル上にあるのかブレーキ・ペダル上にあるのかなどを検出する。モジュールの外形寸法は39mm×44mm×12mmと小さく、重さは20gと軽いので、運転に支障はないという。システムでは同モジュールのほか、車両位置を確認するGPSモジュール、そしてこれらモジュールのデータを収集・保存する小型機器を用いる。センサ・モジュールでの測定データは、Bluetoothを使って小型機器に送信する。
図版説明
図1 センサ・モジュールを装着したところ
(a)センサ・モジュールを取り付けた帽子
図版説明
(b)センサ・モジュールを右足に取り付けた状態

2008年8月に実用化、まずはプロドライバー向けの講習から