軽くて薄く、柔軟性のある電子デバイス、そしてそのようなデバイスを印刷で製造する技術の早期実用化を目指す――。

 産業技術総合研究所は2011年4月、このような目標を掲げた研究拠点「フレキシブルエレクトロニクス研究センター」を設立した。フレキシブルな電子デバイスや印刷によるデバイス製造技術は以前から研究されているが、まだ実用化には至っていない。今回発足した同センターは、いち早く研究段階から抜け出して実用段階に至るために活動するという。同センター 研究センター長で、フレキシブル・エレクトロニクスの研究開発分野の第一人者である鎌田俊英氏(*)に、センター設置の意図や活動内容を聞いた。(聞き手は、大久保 聡=日経エレクトロニクス)

* 筑波大学大学院 数理物質科学研究科 教授を兼務

――研究センターを設置した意図を聞きたい。

鎌田氏 名称には「研究」という名前が付いているが、目的はただ一つ。フレキシブル・エレクトロニクスを完成させることにある。フレキシブル・エレクトロニクスとしては、各種センサやディスプレイ、配線回路など、生活空間に融合する入出力情報端末を考えている。こうしたフレキシブル・エレクトロニクスと、それを製造するためのプロセス技術を産業界と一体になって完成形にもっていく。

 フレキシブル・エレクトロニクスを印刷で製造するプロセス技術はいろいろと研究されてきたが、実用化を考えると足りないところがまだ多い。用いるシート(基板)の寸法をはじめ、各種製造工程が個別に研究開発されてきたものの、製造工程全体を見通して構築できていたわけではない。フレキシブル・デバイスを連続的に製造したときに、電気特性が均一なデバイスを得ることさえ難しい。こうした問題がある限り、実用化は程遠い。

 問題を解決して実用化に結びつけるため、これまで分散していた関連分野をまとめて拠点を作った。フレキシブルエレクトロニクス研究センターには常勤の研究員が23名おり、強力な体制が出来たと考えている。

――世界各地に研究拠点と呼べるところがある。こうした世界の研究拠点と比較した場合、産総研の研究センターの特徴は何か。

鎌田氏 米国や欧州、アジア各地に拠点となる研究センターがあるのは確かだ。それに対して日本は、研究開発の規模が小さなところが数多くあり、それぞれがバラバラに研究開発を進めてきた感は拭えない。日本で拠点と呼べる規模のものは、産総研のフレキシブルエレクトロニクス研究センターが初めてといえる。

 日本においては拠点といえても、規模は世界各地にある拠点に比べると小さい。だが、産総研のフレキシブルエレクトロニクス研究センターにはコア技術があることが大きな特徴であるし、最大の強みである。例えば、ある地域の研究拠点は巨大な印刷製造ラインが備わってはいるものの、肝心のエレクトロニクス技術が弱い。エレクトロニクス技術に長けた研究員が少なく、各種機能をデバイスに作り込むことが得意とはいえない。

 我々は、「世界チャンピオン」と呼べる技術をいろいろと備えている。印刷技術や有機エレクトロニクス技術で世界トップの性能のデバイスを作り出した実績や、超微細なパターンを形成できるスーパーインクジェット技術やマイクロコンタクト技術などの要素技術を持つ。このような経験を積んだ研究者が、今回の研究センターに結集しているのである。

――産業界とは、どのように連携するのか。

鎌田氏 2011年3月に設立した「次世代プリンテッドエレクトロニクス技術研究組合(JAPERA)」に参画することで、早期実用化につなげる計画だ。同組合は、フレキシブルなプラスチック・フィルム基板上にTFTアレイを印刷技術で連続生産する製造技術、そしてデバイスの高性能化技術の確立を目的としている。これまで自社内や各プロジェクトで研究開発に取り組んできた主要デバイス・メーカーや材料メーカーなど27社と産総研が一堂に介す。私がJAPERAの研究部長に就任し、産総研のフレキシブルエレクトロニクス研究センターに所属する約10名の研究員がJAPERAの業務を兼務する。

 JAPERAは我々の研究センターと同じく、実用的な生産ラインの構築を目指している。大面積なデバイスを製造でき、生産速度は高速で、連続生産したときのデバイス特性が安定であり、高精細・高集積なデバイス製造にも対応できるような生産ラインを作り上げる。これまでは、こうした項目をすべて満たしたものはなかった。例えば、高精細なデバイスを試作できたとしても、小面積だったり、製造工程が長かったり、同じ製造工程を通しても同等のデバイス性能を毎回得られなかったりした。製造に用いるシート(基板)の大きささえも決まっていない。製造工程の処理速度の目安もない。これでは、実用化はかなり難しい。

 フレキシブル・エレクトロニクスやプリンテッド・エレクトロニクスには以前から期待が集まっているが、いまだに製品を世の中に出せない苦しさがある。これはJAPERAに加わるメンバーの共通認識といえる。高精細の追求など個別技術を突き詰めるのではなく、あくまでも実用化を第一に考えた技術開発に重点を置く。例えば、シートの大きさを決めて、それを取り扱うための装置の仕様を決めたり、足りない技術を開発したりするといった具合だ。実用化につながらない技術と判断すれば、以後は不必要な技術と考え、開発に力を入れないつもりだ。

――JAPERAでの開発体制について聞きたい。

鎌田氏 フレキシブル基板と印刷技術で製造するTFTシートを中心とし、そのシートの製造プロセスを確立するための開発と、TFTシートを利用するデバイスの開発を進める。全部で7班に分けており、例えば1班は連続印刷技術の開発、2班は高速製造技術の開発、3班は大面積製造技術の開発などを担当する。それぞれが個別に最適化しないように、細心の注意を払う。そうしないと、一貫性のある生産ラインは出来上がらないからだ。すべての班に産総研の研究員が入っている。

 JAPERAの開発では、標準化の議論も進める計画だ。プリンテッド・エレクトロニクスに使えるとして、各種材料が市場に存在する。だが、取り扱い方法がバラバラなのが難点である。各材料の特性評価など、評価方法が統一されているわけではない。プリンテッド・エレクトロニクスの実用を考える上で、これは大きな問題だ。自分たちの使い方で、材料の性能を十分に引き出せるのか分からないからだ。安心して材料を使えるようにするための、評価などの共通ルールを決めていく。印刷プロセスを手掛ける主要メーカー、主要材料メーカーがJAPERAには加わっているので、標準化を進める土壌はそろっている。

――実用化時期について、いつごろを目標に掲げているのか。

鎌田氏 一応、5年後をマイルストーンにしている。大面積、高速、高精細、連続生産の実現につながる技術を確立させる。各種の標準化も進める。デバイスについては、動作の信頼性を確保し、実際のフレキシブル・デバイスの実現につなげたい。