米Vuzix Corp.と新日鉄ソリューションズは,拡張現実感(AR:augmented reality)によって製造現場などでの作業支援を実現するためのヘッドマウント・ディスプレイ(HMD)を共同で開発した。光学透過型と呼ぶ,肉眼での視野を基にするタイプで,しかもARの基本的機能をすべて備えた製品化水準のHMDは民生向けでは世界初。Vuzix社と新日鉄ソリューションズは,システムのバックエンドとなるクラウドなどとのパッケージという形で業務用での製品化を計画しているという。
対象物体/文字のトラッキング機能も搭載
このHMDは,液晶シャッター機能を備えた眼鏡の両眼に,超小型プロジェクターを搭載して,ユーザーの視野にCG(computer graphics)を重畳できるようにしたもの。AR対応HMDとして使う場合は,小型パソコン,または通信端末を介したサーバーとの連携も必要になる。現時点では,HMDとパソコンはUSBケーブルで接続し,パソコンをリュックに入れて背負って利用する格好になる。
HMDの両眼の中央には小型カメラを実装した。このカメラで撮影した映像中の対象となる物体または文字や絵柄をマーカーレスで認識/トラッキングし,ユーザーの視野の中でその対象物体にCGをリアルタイムに重畳できる。画像認識/トラッキング用ソフトウエアには,フランスTotal Immersion社のものを採用したという。
ARに向けた光学透過型HMDは多くのメーカーが開発中だが,画像認識に基づいてCGをリアルタイムに視野内に重畳できるようにしたものは,このHMDが世界で初めてである。Vuzix社自身これまでにもAR対応HMDをいくつか発売済みだが,いずれも肉眼の視野をすべて遮断して代わりにビデオ映像を見せる「ビデオ透過型」だった(関連記事)。「光学透過型のAR対応HMDの開発はこれが初めて」(Vuzix社)。
HMDの重さは116g
このHMDでCGを重畳できるのは,小型プロジェクターの映像を,眼鏡のレンズの眼球側に置かれた導光用レンズを介して,肉眼の視野に送り込んでいるため。導光用レンズに貼ったホログラフィック・フィルムという特殊フィルムで実現した。
重畳したCGの輝度は240cd/m2と,一般的な室内であれば十分な明るさがある。ただ,外光が入る部屋や屋外での利用も想定し,「電子シャッター機能」を実装した。これは,眼鏡の液晶シャッターで邪魔になる光を遮る機能で,一般的なプロジェクターを利用する際に部屋を暗くするのに相当する。
CGの解像度は,片目で800×600画素(VGA)相当。両眼でそれぞれ異なる映像を表示できるため,3次元(3D)CGの表示も容易だ。一般のディスプレイでのサイド・バイ・サイド方式の3D映像は解像度が1/2に低下するが,このHMDでは「(解像度が2倍の)1600×600画素相当になる」(Vizux社)。
視野角は30°で,光透過型HMDとしてはトップクラスである。これによって,視野内の自然な位置に重畳映像を見せることができるようになった
これらの小型プロジェクターや液晶シャッター,レンズを2重に使う点など複雑な構造や機能を備えるが,HMDとしての重さは116gである。一般の眼鏡の20~30gに比べると重いが,ビデオ透過型HMDの多くが200g以上であるのに比べると軽い。
「現場での作業支援に特化」
新日鉄ソリューションズは,企業の業務ロジック向けシステム・インテグレータ。このHMDについても,クラウド・コンピューティング・システムなどと合わせた,製造現場での各種組み立てなどの作業を支援するシステムの一つとして位置付ける。「このHMDを利用することで,ベテランのトレーナーが隣にいるように作業効率が上がる」(同社)ことを狙っているという。
実際のシステム構築には,どの作業場面でどのCGを視野のどこに表示するかといった細かな作りこみが必要になるが,これについては「当社側で『ARフレームワーク』といったライブラリを用意し,これを基に細かく作り込みめるようにする」(新日鉄ソリューションズ)。HMDを接続するパソコンの小型化やHMDの無線化は,「ニーズがあればすぐにできる」(同社)という。