新技術を開発した大学院生のJung Il Choi氏(左)とMayank Jain氏(右)。後ろにあるシステムが,開発した全2重の無線通信システム。写真:L.A. Cicero,Stanford News Service
新技術を開発した大学院生のJung Il Choi氏(左)とMayank Jain氏(右)。後ろにあるシステムが,開発した全2重の無線通信システム。写真:L.A. Cicero,Stanford News Service
[画像のクリックで拡大表示]

 米Stanford Universityは,同大学 大学院の学生が,一つの周波数チャネルで全2重通信,つまりデータの送信と受信を同時に実行する無線通信技術を開発したと発表した(発表資料)。この技術を利用すれば,周波数利用効率が2倍に高まるため,利用可能な周波数幅が増えなくても,データ伝送速度を2倍にできる。次世代の無線通信技術を大きく変える可能性がありそうだ。

 この技術を開発したのは,同大学 Electrical Engineeringの大学院生Jung Il Choi氏, Mayank Jain氏,Kannan Srinivasan氏の3人。これまで,1周波数チャネルでの全2重通信は「できない」というのが技術者の常識だった。ところが3人は,人間は話すことと聞くことを同時にできることに気が付いた。人間ができるなら,無線通信でもできるのではないか,と考えたのが開発の発端になったという。

 従来技術でこれが出来なかったのは,データを同時に送受信すると,送信データの信号強度と,受信データの信号強度が大幅に違うために,送信データが受信回路にも入り込んで受信データをかき消してしまうためだ。「まるで,大声で怒鳴りながら,相手のささやき声を聞くようなもの」(3人のアドバイザーを務めた,同大学 Assistant ProfessorのPhilip Levis氏)。実際,信号強度の違いは,106~109倍になることもあるという。このため,従来,同一周波数チャネルで無線通信をする場合は,データを送信する時間と,受信する時間を分ける「半2重通信」でこの問題を回避していた。

 大学院生の3人はこの課題を,自分の声を自分で聞かないようにする信号処理を施すことで解決した。具体的には,受信回路に回り込んできた送信データの信号をフィルタで除去して実現した。非常によく似た技術は,既にヘッドフォンや電話のノイズ・キャンセル技術で使われている。ところが,こうした考えを他の研究者に話しても,「アイデアは悪くないが,そんな単純なアイデアは既に試みられ,そして失敗に終わっているはずだ。今度も実際にはうまく動作しないだろう」と相手にされなかったという。

 ところが3人は成功した。既に実際にこのアイデアを実装した送受信回路を試作し,2010年9月に米シカゴで開かれた国際会議「MobiCom 2010」でこれを実演。それに対して賞も受けた。現在は既に特許も取得し,技術の商用化に向けた準備を進めている。当初は,無線LAN技術への実装を考えているというが,通信距離をどこまで延ばせるかが課題だという。
 
 アドバイザーのLevis氏は,この技術のインパクトを「周波数利用効率を2倍にするだけでなく,従来の無線通信のいくつかの問題を解決する可能性がある」と説明する。例えば,2機の航空機のパイロットが管制塔と同じ周波数チャネルで同時に話すようなケースだ。そうした場合,これまでは通信が成り立たず,事故につながるケースもあった。「新技術なら,それも解決できるだろう」(Levis氏)。