米Stereo D,LLCは,日本の3Dコンソーシアム事務局長である泉邦昭氏が2009年に米国で設立し,現在もCTOを務める2D-3D技術のベンチャー企業。同社の2D-3D技術は,映画「アバター(AVATAR)」の一部のカットで立体感の修正などに採用された。

 現在,3次元(3D)映像の制作は,主に2眼の3Dカメラを利用するか,2D-3D変換技術によって2Dで撮影した映像をデジタル処理し,左目用と右目用の映像を作り出すことで進められている。ただし,両技術とも課題が多い。3Dカメラは,2台のカメラを光軸を調整できる形で固定する「リグ」といわれる架台が必要で,一般には全体として非常に大型で重いシステムになる。このため,3Dカメラ自体のコストや機動性の低さ,撮影シーンごとの調整ノウハウの欠如が大きな問題になっている(関連記事)。

 一方,2D-3D変換技術は,いわば2D映像の各部分を3Dのコンピュータ・グラフィクス(CG)空間の中に埋め込んでいく作業になる。これで違和感のない自然な3D映像を制作するには,一般には「ロト」といわれる数百人の手作業による膨大な調整作業が必要になる。それでも,撮影が2Dで済んだり,過去に制作した2D映画などを3D化できるメリットがあるため,最近の3D映画の中には,ほぼ全編を2D-3D変換で制作した作品も増えてきた(例えば,「Alice in Wonderland」など)。3Dカメラで撮影された映像でも,スクリーンやテレビ画面の大きさに合わせて3D映像の視差を調整するために,2D-3D変換技術が用いられるようになっている。

 今回,Stereo D社の泉氏に,アバターに同社の2D-3D技術が採用された経緯や,その技術的特徴,さらには今後の展望について話を聞いた。(聞き手は,野澤哲生=日経エレクトロニクス)。

――アバターの一部にStereo D社の2D-3D技術が採用されたとは聞いたのですが,他にはどのような映像に採用実績があるのですか。

泉氏 Stereo D社としての劇場公開作品は,「アバター」,そして(1999年の映画「The Six Sense」などで知られる)M. Night Shyamalan監督の最新作「The Last Airbender in 3D(エアベンダー3D)」(米国での公開は2010年7月2日,日本では同7月17日)の2作品です。個人的には,過去にアニメ作品の「NARUTO」や「ポケモン」,「二人はプリキュア」などを変換しています。

――噂には,アバターでは10社ほどの中から選ばれたと聞きましたが,実際のところは? また,(Alice in Wonderlandなどで利用された2D-3D変換技術大手の)米In-Three社などは基本的にロトで,数百人の人海戦術でやっているようですが,Stereo D社の技術ではどうですか。

泉氏 アバターで選考対象になったのは,正確には4~5社だと思います。当社からアバターの制作にかかわったのは6人で,アバターのエンドロールに名前が載っています。私が開発したVDXという独自ソフトでもロトは必要になりますが,半自動的に変換と調整が行われるので,(従来に比べて)大幅に短い納期で済みます。ただし,アバターで当社の2D-3D変換技術を利用したのはほんの数カットでした。

 一方,最新作の「エアベンダー3D」では,我々の技術で全編を2Dから3D変換しました。Shyamalan監督はこだわりの監督で有名で,監督の要望に即時に答える必要があり,独自のクオリティ・コントロールの手法を用いて,50人で6週間という驚異的な記録を打ち立てました。ハイ・クオリティの劇場用映画の3D変換としてはおそらく世界一のスピードだと思います。

 クオリティ・コントロールの中身については,6月29日の講演で紹介します。

――今後,3D映像の制作は,3Dカメラと2D-3D変換のどちらが主流になると考えられているでしょうか。例えば,リアルタイム映像は3Dカメラ,そうでないものは2D-3D変換でといったすみ分けになるのでしょうか。

泉氏 リアルタイム映像はもちろん3Dカメラで撮る必要があります。リアルタイムの2D-3D変換技術も進化してはいますが,クオリティに限界があります。ただし,リアルタイム映像を別にすると,3Dカメラには光学歪みやさまざまな制約,例えば,自由なアングルで撮れない,視差調整が難しい,左右の映像がずれるなどの制約があり,立体感,コスト,映像の目的,視聴環境によって,どちらの制作技術を選ぶかは,ケース・バイ・ケースになります。

 今後,2D-3D変換は,技術が飛躍的に進化していきますので,原理的に制御の難しい3Dカメラでの撮影に対して,視差調整が自由で見やすく安全な3D映像を制作できる2D-3D変換の役割は,ますます増えていくと思います。