今週最も多くのアクセスを集めた記事は,「“無料より高いものはない”,のか?」でした。執筆した内山氏の目の付け所に感心する一方で,どこか割り切れない印象を筆者が受けたのも事実です。記事によれば,ITビジネスの本質は,情報を複製しても原価が発生しないことと,機械が24時間365日休まずに働いてくれることの二点。確かに,これらの点をうまく活用している会社はありますし,そうできるに越したことはないでしょう。ただし,結果として無料にできるのは,一握りの情報に過ぎない気がします。情報を扱う産業の一員として,そう思わずにはいられないのです。なぜなら多くの場合,情報の価値を生み出すのは,先のコラムの言葉でいえば「労働集約型」の作業であり,そこに要するコストは,情報の複製や販売に関わる技術の進歩だけでは大幅に削減することが難しいからです。

 例えば,当社が3月23日に発売する書籍「不具合連鎖――『プリウス』リコールからの継承」は,既存の記事や,インターネットに流れる情報をそのまま複製して出来上がったものではありません。多くの記者と取材先の方の知恵を結集した結果,初めて生まれた情報を満載しています。世の中に知られていない話を集め,咀嚼し,新しい観点を見出して文章にまとめる作業は,人間でも非常に苦労します。機械化は相当困難ではないでしょうか。我々の立場からすると,アイテム課金のように,わずかな原価で大きな収益を生み出す情報の方が例外的に思えます。もちろん記事や書籍の情報を紙ではなく電子データの形で複製・配布すれば,販売価格は下がるかもしれませんが,ただにはとてもできません。

 確かに対価を別口で回収すれば,情報を無料にすることは可能です。現にTech-On!は広告収入などを基に,代金を取らずに情報を提供しています。しかし,この方法にも限度があることは,当事者として身に染みています。もちろん,我々の知恵が足りなかったり,原価削減の努力が不十分だったりすることはあるでしょう。ものづくりの世界と同じで,低価格への要求は厳しくなる一方ですし,それに応じて業界や従業者が変わらなければならないのは当然です。それでも「全部ただ」からは,相当な隔たりがあります。

 もっとも,すべての情報が無料になる条件が一つあると,個人的には思っています。「お金が必要ない世界」が到来することです。自分で書いておいて,だらしのない話ですが,それがどんな形をしているのか,全く説明できません。ただ,いずれ新興国の市場までが成熟し,地球環境と人間の欲望をはかりにかけて,持続可能な均衡を達成した社会が訪れるのだとしたら,そういう選択肢もありうるのではないでしょうか。まさに夢のような話,いや夢そのものです。まあ,ほとんどの夢が商品化されてしまうご時世ですから,これくらい夢を膨らませても許してもらえるでしょう。

ニュース(3月1日~5日)