だが日本の製造業には,品質について重大な懸念がある。品質以外の業務の拡大に追われ,品質に関する能力が低下している恐れがあるのだ。図2は,日本科学技術連盟が毎年開催している「品質管理セミナーベーシックコース」の受講者数の推移だ。

図2●「品質管理セミナーベーシックコース」の受講者数
バブル経済の崩壊とともに受講者数が激減した。
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 1991年までは毎年1000人程度が受講していたが,バブル経済崩壊とともに受講者数が減少し,近年は200人前後で推移している。2005年から2007年かけて持ち直しかけたが,2008年のリーマンショックでさらに減少した。この指標は,各社の品質を担当する人員とその品質管理能力が,以前と比べて1/5になったであろうことを示している。バブル崩壊後の苦境から脱出しようともがき,さらに近年は韓国/台湾/中国/インドなどのアジア勢に追い上げられて,人海戦術で「3T(多種,短期,短命)」開発に邁進(まいしん)しているのではないか。このままでは組織全体が疲弊し,業務のひずみが品質に逃げる。日本が品質で劣後になったら将来はない。

製造業にとって部品共通化こそが救世主

 今回の件に関連して,筆者に次のようなメールが来た。「我が社は近年,部品共通化を経営革新の柱として進めてきましたが,トヨタの問題を受けて社内には『共通化を進めるべきではない』との意見が出ています」。筆者はモジュラーデザインの提唱者として強く言う。「トヨタの事例で製造業各社は部品共通化に尻込みしてはならない」。

 第1回で指摘したように,大量リコールの真の原因は,部品共通化自体にあるのではなく,「品質を保証した部品共通化の方法論を持たないで共通化したこと」にある。台頭するアジアの勢力に対抗して成長するための基本条件とは,品質が保証された「モジュラー部品」を広く共用することによって顧客が要求する製品多様化へ積極的に対応し,原価を下げて売り上げを増やし,環境保全に貢献すること。そして,業務にひずみをもたらす人海戦術で製品多様化や売り上げの拡大を実現しようとするのではなく,経営理念や先人語録を精神的支柱に置きつつ,日本人の強みである擦り合わせ能力*5を「一括企画」「一括設計」「設計の手順書化」「設計の自動化」などの仕組みに活かして業務をシステマティックに進めることだ。そこに解がある。

*5 製品を構成している要素間の関係を相互に微調整して,製品の機能や性能といった品質を高度に実現する設計能力のこと。東京大学教授の藤本隆宏氏が提唱した概念。

(了)

日野三十四(ひの・さとし)
モノづくり経営研究所イマジン 所長
1968年,東北大学工学部卒業,自動車メーカーに入社。1980年,経営管理・経営工学・TQCなどの研究に傾斜,トヨタ自動車のビジネスプロセス・ベンチマーキングを開始。1988年,技術管理部門へ依頼転籍,技術情報管理,技術標準化,モジュラーデザイン,ISO9001推進,設計品質改善,製品開発プロセスシステム化などを推進。2000年,経営コンサルタントとして独立。2004年,広島大学大学院社会科学研究科教授。2008年,広島大学を退職して現在に至る。著作に,『トヨタ経営システムの研究―永続的成長の原理―』(ダイヤモンド社,韓国/台湾/米国/タイ/中国/ブラジルで翻訳出版,2007年に米Shingo Prizeから研究賞受賞),『実践 モジュラーデザイン―時代が求めていた新しい解―』(日経BP社,韓国で翻訳出版予定)など。