トヨタの一連の品質問題から,我々は何を学び,今後にどう生かしていくかが重要だ。筆者にも「トヨタの事例を対岸の火事としてみるのでなく,他山の石にしたい」とのメールがたくさん来ている。トヨタの事例から,あらためて「品質が会社の成長の原動力にもなり,命取りにもなる」という教訓を痛切に感じ取る必要があるだろう。

 1986年,米調査会社であるTechnical Assistance Research Program(TARP)社は,図1に示す「失望顧客の購買行動」を発表した。

図1●失望顧客の購買行動
米TARP社の資料から作成した。
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 失望的な商品の提供や失望的な顧客ケアによって,失望した顧客が発生する。だが,失望をクレームなどで意思表示する顧客の割合は4%しかなく,90%は黙って逃げていってしまい,2度と戻ってこないという(残りの6%は何らかの理由でリピーターになる)。失望しても何かしゃべってくれたら対応の仕方もあるが,黙って逃げていかれたらどうしようもない。しかも,当人が逃げていくだけでなく,90%のうち77%は少なくとも9人に不満を告げ,13%は20人に不満を告げるというのだ。口コミによる消費者の購買行動への影響力は非常に強いので,4人の顧客からクレームがあったら,その裏で953人(90×0.77/0.9×9+90×0.13/0.9×20)の潜在顧客が逃げていっているととらえなければならない。

 TARP社は,併せて「新規顧客獲得コストは,リピーター維持コストの5倍掛かる」という調査データも発表している。新規のヒット商品を出したとしても,そのたびに失望した顧客を生んでいては,新規の顧客を獲得するために多くのコストを掛けねばならない。リピーターを維持できる品質を確保することが,経営全体の効率を高める上で非常に有効な手段ということだ。

 米J.D. Power and Associates社による「米国ブランド回帰率」(顧客が自動車を買い替えるときに以前と同じブランドを選択するリピーター率)の調査によると,トヨタのここ5年間のブランド回帰率は57~65%であり,他社平均の48%を大きく上回り常時トップ4以内を確保している。今回の事件でトヨタのブランド回帰率は大幅な下落が予想されることも,リコール費用という一時的な出費にとどまらず,トヨタの今後にとって極めて厳しい材料である。

 「ハインリッヒの法則」という労働災害に関する法則がある。「300件のヒヤリ・ハット事例があると,29件の軽微な労働災害が発生し,1件の重大な事故・災害が発生する」という法則だ。品質問題も同じである。軽微なクレームが数多く発生すると,重大なクレーム/リコールがいずれ発生する。軽微なクレームそのものを日常的に発生させないようにすることが大事だ。

品質に関する能力が低下

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