一連の品質問題が表面化する以前に,トヨタ自動車社長の豊田章男氏は「救世主は私ではない」と語った。確かに同社の優秀な社員は「宝」だが,その宝を生かせるかどうかはやはり豊田氏にかかっていると,モジュラーデザインの第一人者でトヨタ研究家でもある日野三十四氏は指摘する。アジアの新興勢力が追い上げてくる中,トヨタはどう再生を果たせばよいのか,そして製造業各社が今回の問題から学べることは何なのか,同氏に解説してもらった。(日経ものづくり)

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 「企業が凋落(ちょうらく)していく過程は5段階ありますが,トヨタは今,その4段階目に来ていると思います」。2009年10月,トヨタ自動車の社長である豊田章男氏は,日本記者クラブ主催の講演でこう語った。この「企業凋落5段階説」は,『ビジョナリー・カンパニー』で有名なジム・コリンズ氏が著書『How the Mighty Fall』(HarperCollins,2009年)に書いているものだ*1。著書名は,「偉大な企業はいかにして凋落するか」というところか。トヨタが危機的な状況にあることを,章男氏自身は認識していた。

*1 『ビジョナリー・カンパニー』(山岡洋一訳,日経BP社,1995年)は,コリンズ氏とジェリー・ポラス氏の共著で,原題は“Built to Last”(原書の発行は1994年)。

 企業凋落5段階説の中身は,以下の通りである。

  • 第1段階:成功体験から生まれた自信過剰
  • 第2段階:規律なき規模の追求
  • 第3段階:リスクと危うさの否定
  • 第4段階:救世主にすがる
  • 第5段階:企業の存在価値の消滅

 章男氏は続けて言う。「『第4段階』からでも復活はできます。その鍵を握るのが人材(社員)です。救世主は私ではありません」。最後の一言は余計だが,確かにトヨタの人材は依然としてトヨタの宝であり,トヨタ復活の原動力である。

耐性が強い社員

 筆者は,QCD(品質/コスト/納期)との整合性が取れた部品共通化手法である「モジュラーデザイン」の研究家だが,30年近くのトヨタ自動車の研究家でもある。研究を通じて感じたのは,トヨタの人材は実に耐性が強いことだ。トヨタを研究すればするほど「トヨタの社員は,こんなに上からの締め付けが厳しい会社でよくやっていけるな」と思わされてきた。他社で飯を食った自分のような人間は,トヨタでは絶対にやっていけないだろうと感じていた。しかし,最初からトヨタ自動車に入社した人は,それが当たり前と思って,耐性が強い人間に成長していく。

 「日産自動車の役員の年俸が3億円なのに対して,トヨタの社長の年俸は7000万円だ」という話題のとき,トヨタの社員はこう言った。「我々の給料は,働きに比べて安すぎるよな~,アハハ」。最後の「アハハ」に「それでも満足している」との自負がにじみ出ていた。トヨタが行った意識調査では,8割の社員が労働条件に満足しており,「トヨタに勤める誇り」も8割が持つとのことだ。ロイヤルティー(忠誠心)の高さは,同社の労働組合の委員長が「異常値」と言うほどである1)。一般の会社に比べたら断トツだろう。どんなに労働密度が濃くとも,トヨタの社員は満足しているのだ。外部の人間が「締め付け」と感じることも,彼らは「動機付け」と感じているのだろう。

■参考文献
1)朝日新聞,「トヨタウェイ:9 ベアゼロに『頭丸めろ』 春闘の流れ変える」,2005年10月12日付夕刊1面.

 近年,トヨタの社員は世界一に浮かれて傲慢(ごうまん)になったという話も聞くが,大半の社員はまだまだ高い意識を保っている。この宝をどう生かすか,そこにトヨタの再生は掛かっている。それにはやはり,トヨタの強靱(きょうじん)な社員を使いこなせるタフな「救世主」が必要だ。それはトヨタ創業家出身の豊田章男氏をおいていないだろう。「創業家だから求心力が出る」という論理飛躍の話ではない。創業家出身社長の功罪はいろいろあるものの,「会社に骨を埋める」覚悟を持つことができるのは創業家出身者しかいないからだ。

覚悟を決めた口調と表情

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