1990年代といえば,バブル経済の崩壊直後であり,日本のメーカーは部品の共通化,大幅なコスト低減,製品の多様化,開発期間の大幅短縮(実態は,製品や部品の試作数の切り詰めと実物試験の省略)に新たな突破口を求めようとしていた。トヨタも例外ではない。むしろ,その先頭を走ってきた存在である。

 そのような時代において懸念されるのは,業務の“ひずみ”が品質に噴出することである。部品数も製品数もコストも開発期間も,具体的な数値で管理されるので,逃げ場がない。しかし,品質の完全性だけは数値で示しにくいので,ひずみを逃がす部分になりやすい。「シミュレーションで品質を検証した」といえば,シミュレーションの中身を検証できる人はほとんどいないから,社内を納得させることが可能になる。だが,シミュレーションの正否は,製品を世の中に出した後でなければ分からない。まして,シミュレーションで検証できる品質項目は,ほんの一部である。だからこそタグチメソッドが必要なのだが,トヨタは積極的に取り組んでこなかった。

 タグチメソッドをやることも重要だが,最も肝心なのは業務そのものにひずみを発生させないことである。トヨタは,1960年代のTQC(Total Quality Control)の時代から「機能別管理」という独特の手法を開発し,経営に役立ててきた。品質,コスト,技術,生産,営業などの経営機能別に世の中が要求する目標を相互に整合を取らないで設定するとともに,製品企画,生産設計,生産準備,購買,製造,販売の各部門が協調しながら相互に整合を取って目標を実現するマトリックス管理手法だ。これがあるから「トヨタは,発表する目標を必ず実現する恐ろしい組織」と恐れられてきた。しかしながら,機能別管理は,根底に全社員共通の価値観や共通の行動様式があってこそ機能する。社内派閥などがあったら機能しない。共通の価値観,共通の行動様式を司ってきたのが創業理念,経営理念の豊田綱領であり,佐吉や喜一郎の語録である。

品質だけの問題ではない

 佐吉と喜一郎の創業に懸ける想いの丈が詰まった豊田綱領や語録をどこかに置き忘れたトヨタの変質が,急激な海外展開,大幅な開発期間短縮,大幅な原価低減,大幅な部品共通化の経営目標を内部整合できないようにしてしまった。そのひずみが品質へと逃げた結果が,2005年以来今回までの一連の品質問題として表面化したといえるだろう。だから,根が深い。品質管理体制に手を入れるだけでは,トヨタの再生はないだろう。このままでは,火の手がさらに上がり続ける可能性がある。トヨタは,敗者だらけの日本製造業の中において数少ない勝者であり,日本経済を底支えする存在である。何としても立ち直ってもらわねばならない。次回は,今後トヨタはどのようにして再生を図るべきなのかについて述べたい。

日野三十四(ひの・さとし)
モノづくり経営研究所イマジン 所長
1968年,東北大学工学部卒業,自動車メーカーに入社。1980年,経営管理・経営工学・TQCなどの研究に傾斜,トヨタ自動車のビジネスプロセス・ベンチマーキングを開始。1988年,技術管理部門へ依頼転籍,技術情報管理,技術標準化,モジュラーデザイン,ISO9001推進,設計品質改善,製品開発プロセスシステム化などを推進。2000年,経営コンサルタントとして独立。2004年,広島大学大学院社会科学研究科教授。2008年,広島大学を退職して現在に至る。著作に,『トヨタ経営システムの研究―永続的成長の原理―』(ダイヤモンド社,韓国/台湾/米国/タイ/中国/ブラジルで翻訳出版,2007年に米Shingo Prizeから研究賞受賞),『実践 モジュラーデザイン―時代が求めていた新しい解―』(日経BP社,韓国で翻訳出版予定)など。