「え撤退?」。今週ドキリとさせられたのは,ソニーの有機ELテレビ販売終了の記事です。「撤退」と表現した新聞があったので,有機EL事業自体をやめるのかと思いきや,「中大型化に向けた技術開発は引き続き進めていく」そうで,なぜだか胸をなで下ろしました。

 それでも,製品化の狙いの一つだったであろう,「有機ELはソニー」というブランド作りが頓挫したのは確かです。隣の席のTデスクは,「LED TV」の二の舞を演じるのでは,と心配顔。今や米国市場では,「LED TVで先行」と言えばSamsung Electronics社らしいですが,製品化したのはソニーの方が断然早かったからです。実際ソニーは2004年11月に,LEDバックライトを採用した「QUALIA 005」を発売しています。ところが現在は,「2009年前半は,SamsungのLED攻勢に完全にノックアウトされました。しかし,後半は何とか立ち直りのきっかけを作りました」と現場の担当者が証言する有様です。もちろん闇雲に事業を継続してもブランドが確立するわけではないでしょうし,先行販売によって他社にはない経験をソニーは得たはずです。今回の「実験」結果を肥やしにして頑張って欲しいものです。

 今週もう一つ引っかかったのは,2月18日付の日本経済新聞一面に出ていた内容でした。「変わる新興国戦略」と題した記事に,こう書いてあったのです。「『足し算』から『引き算』へ――。パナソニックでは現在「何があればより便利か」から「何があれば十分か」という開発哲学の大転換が進む」。実際に同社が検討する内容の詳細は分かりませんが,筆者はちょっと心配になりました。同じ引き算をするにしても,「便利」を引いてはダメなんじゃないかと。

 確かに新興国市場は重要ですし,製品が高くては売れないのも確かです。しかし,新興国の人だって「十分」なものより「便利」なものの方が嬉しいに決まっています。以前,藤堂主任編集委員が「新興国市場で日本メーカーの技術や製品が過剰技術または過剰品質であることから顧客から受け入れられない」と書いたところ,中国の読者から猛烈な反発が来たことがありました。いわく,「日本のエレクトロニクス製品に対する中国消費者の現在の印象は、『価格は高いが、技術的には欧州や韓国メーカーの製品に及ばず、品質も今一だ』」などなど。これは,実際の品質が云々という話ではなく,中国の消費者もやっぱり品質が高い製品が欲しいという欲求の表れだと思うのです。

 「何があれば十分か」を見つけるのも結構大変です。例えばユーザーが使っていない機能を不要と見なしてしまっては,過ちを犯す可能性が高いと思います。Apple社が「iPhone 3G」を発表したとき,Steve Jobs氏が初代iPhoneの特徴として「90%のユーザーが満足」の次に挙げたのは,「98%のユーザーがWebを見ている」でした。それまでの携帯電話機にもWebブラウザーはあったのですが,誰も使っていなかったという主張です。悪かったのは,Webの閲覧機能ではなく,作り込みだったというわけです。似た話はいくつもあります。現に,私はある日本メーカーの携帯電話を持っていたときに,一度も音量調節ができませんでした。必要には何度も迫られたのですが,ついにやり方が分かりませんでした。

 日本メーカーがすべきことは,高い品質や機能を達成した上で値段を差し引くことでしょう。先述のApple社は,品種数をギリギリに絞った「iPhone」や「iPod」を世界中で販売することで,この問いに答えているように見えます。他にも解はあるはずです。不況と新興メーカー台頭のダブルパンチで,日本メーカーが事業や製品の「引き算」をしなければならないのは間違いありません。その決断は,将来の企業の姿を大きく左右します。目に付く部分を安易に引く代わりに,あっと驚く創造的な回答を期待したいところです。

ニュース(2月15日~19日)