写真:IBM社
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セルの断面の様子。写真:IBM社
セルの断面の様子。写真:IBM社
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 米IBM Corp.は,光吸収層の主成分が銅(Cu),亜鉛(Zn),スズ(Sn,英語でtin),硫黄(S),セレン(Se)から成る太陽電池のセルを開発し,エネルギー変換効率9.6%を得たと発表した。論文も2010年2月8日付けの学術誌「Advanced Materials」誌に掲載された。同社によれば,変換効率の値は同タイプの従来のセルと比較して,約4割高いという。

 この太陽電池は,一般に「CZTS系」と呼ばれ,元素の組成比からCu2ZnSn(S,Se)4系などとも書かれる。最大の特徴は,希少金属(レアメタル)を必要としないため,他の太陽電池より低コストで太陽電池セルを製造できる潜在力を持つことである。

 吸収層の元素構成は,昭和シェルソーラーなどが製造するCu,インジウム(In),ガリウム(Ga),Seなどから成る「CIGS系太陽電池」に似ている。実際,CIGS系のレアメタルであるInとGaの代わりに,ZnやSnを用いたのがCZTS系である注1)

 CIGS系太陽電池は今後生産量が急増し,2020年には年間生産量で同じ薄膜太陽電池のCdTe系を超えて,薄膜Si太陽電池に近づくという調査報告も出ている。ただし,生産量が大幅に増えた場合には,希少金属のInなどの供給に懸念が出る可能性が指摘されている。これに対して,CZTS系のSnやZnは豊富に存在し,Inなどに比べてはるかに安価である。

CIGS系とは依然30年の差?

 一方で,CZTS系には変換効率が低いという課題があり,これまではCIGS系に大きな差をつけられていた。今回の変換効率9.6%という数字は,その値のままで太陽電池モジュールを量産できれば,材料が安いという優位性と合わせて,既存の薄膜太陽電池と十分競争できる水準である。しかし,一般には,研究開発でのセル変換効率と量産されたモジュールの変換効率の間には大きなギャップがある。例えば,いくつかあるCIGS系太陽電池製品のモジュール変換効率は11~12%だが,研究開発でセル変換効率が10%を超えたのは30年近くも前。現在のCIGS系のセル変換効率には20.0%という報告例もある。

 ちなみにIBM社は,太陽電池のセルやモジュールを製造する計画はないとする。ただし,「開発で得た知的財産(IP)をライセンスすることはあり得る」(同社)という。


注1)CIGS系やCdTe系,GaAs系など「化合物薄膜太陽電池」の半導体材料はいずれも,Si材料からあるルールに基づき元素を置き換えていくことで作られた。このルールとは,結晶の構成単位内にある各原子の最外郭軌道にある電子数の合計を原子の数で割った数が,置き換えの前後で変化しないというもの。CZTS系の場合も,このルールに沿って開発された。「ZnSe系」「AgGaS2系」といった太陽電池も同様である。