広島大学と半導体理工学研究センターが共同開発した,回路シミュレーション用のMOSトランジスタ・モデル「HiSIM:Hiroshima-university STARC IGFET Model」。その概要と発展形,さらに国際標準化の流れについて,開発の中核を担った広島大学教授の三浦道子氏が招待講演した。

図1●講演する三浦道子氏 日経BPが撮影。
図1●講演する三浦道子氏
日経BPが撮影。
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図2●CMCの標準化とHiSIMモデル 一度はPSPに敗れたHiSIM2は,2010年にはCMC標準になる予定。広島大学のデータ。
図2●CMCの標準化とHiSIMモデル
一度はPSPに敗れたHiSIM2は,2010年にはCMC標準になる予定。広島大学のデータ。
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 この招待講演は,11月12日と13日に電子情報通信学会シリコン材料・デバイス研究会と応用物理学会シリコンテクノロジー分科会が東京で共催した研究会で行われた(図1)。三浦氏によれば,回路シミュレーション用のMOSトランジスタ・モデルは,長いこと,しきい値電圧モデル(開発者にちなんでMeyerモデルとも言われる)が使われてきた。しきい値電圧モデルは,ドリフト近似をベースにしたモデルで,MOSトランジスタの特性を外部電圧の関数で記述する。

ソースからドレインまでのポテンシャル分布を考慮

 現在でも使われているBSIMモデルも基本的には,しきい値電圧モデルであり,微細化が進んだことでドリフト近似による問題が生じて,それを補うための方策が講じられている。しかし,対症療法的な方策もそろそろ限界がきており,しきい値電圧モデルに代わるモデルが必要になった。新しいモデルの代表例が,表面ポテンシャル・モデルである。これは,ソースからドレインまでのポテンシャル分布を考慮したモデルで,トランジスタの内部をブラック・ボックスとして扱うしきい値電圧モデルに比べて,より正確にトランジスタの挙動を扱える。

 MOSトランジスタの表面ポテンシャル・モデルとしては,三浦氏らが開発したHiSIMと,オランダRoyal Philips Electronics NVと米Pennsylvania State Universityが共同開発した「PSP (Penn State Philips)」が著名である。HiSIM(正確には,RF回路用のモデルを含むHiSIM2)とPSPは,回路シミュレーション用のトランジスタ・モデル(これを,コンパクト・モデルと呼ぶ)の国際標準化機関「CMC(Compact Modeling Council)」で,標準の座をかけて競った。2005年の選考では,PSPがCMC標準に選ばれた(Tech-On!関連記事1)。

 「技術的には優れていたが,政治的な駆け引きで負けた」と三浦氏は言う。同氏によれば,HiSIMとPSPの大きな違いは,HiSIMがキャリア濃度とポテンシャルの関係を記述したPoisson方程式を解いてポテンシャル分布を求めているのに対して,PSPはいくつかの近似式でポテンシャル分布を表わしていることだという。このため,PSPは精度が悪い場合が多く,かつ処理時間も長い場合が多いとする。

 この主張はCMCにも認められ,HiSIMはPSPと並んでCMC標準に認定される作業が進んでいる。2010年には正式に,バルクMOSトランジスタのCMC標準になる予定である(図2)。なお,HiSIMがCMC標準になっても,PSPも標準であり続けるため,バルクCMOSトランジスタに関しては,二つのCMC標準が存在することになるようだ。