VPEC 代表取締役社長の永田敏氏
VPEC 代表取締役社長の永田敏氏
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 次世代電力網の市場には,米国を中心に多くのIT企業が雪崩をうって参入してきている。スマートメーターと情報通信技術を用いて,ユーザーの電力の利用状況をリアルタイムに把握し,電力の需給調整に用いるためである。これらIT企業がイメージするのは言わば,株式の代わりに電力をリアルタイムに売買するデイ・トレーディングのような世界だ(インターネット化する電力網(その1)2009年11月5日発売の「SMART ENERGY」)。

 こうした次世代電力網において,情報通信技術は,ただ単に電力の需給調整技術として用いられるだけとは限らない。電力網自体をインターネット技術で再構築できないかという議論も出てきているためだ。具体的には,インターネット・プロトコル(IP)の最大の特徴だった「電力サービスのベストエフォート化」や「電力のパケット化」が議論され始めているのである。

 2002年から,インターネット技術あるいはその考え方を電力網の再構築に用いることを提唱しているのが,ベンチャー企業のVPECだ。同社 代表取締役社長の永田敏氏は,東芝の電力部で電力系統の安定化に関係する事業に携わり,その後,半導体の三井ハイテック 代表取締役社長として,携帯電話機の小型化に向けた部品開発を進めるなど,電力系統とIT技術の両方に経験を持つ。そうした経験から,インターネット技術の電力網への応用を提唱する一方で,IT技術の過信には警告も発している。永田氏に,同氏が想定する次世代電力網の青写真について聞いた。

――VPECは,電力系統の末端部分,つまり配電網を再生可能エネルギーやコジェネレーションなどの分散型電源と蓄電池で再構築した「ECO NETWORK」を提唱している(関連記事)。これはなぜか。

永田氏 今後,再生可能エネルギーの大量導入が避けられない中,電力系統の安定性や信頼性を確保し,しかも送電線の敷設を最小限にできる効率的な送配電システムを考えた結果だ。1970年代に電力系統の安定化作業に携わり,停電などの事故処理をしていた経験から,太陽光発電や風力発電の大きな出力変動に,IT技術だけで対処しようという考え方には疑問を感じている。そのためには,電力需給をリアルタイムに把握しながら,火力発電や原子力発電の出力を細かく調整する必要があるが,それは大規模な停電事故といったリスクと隣り合わせになるからだ。

 一般にフィードバックによる制御システムは,出力情報のフィードバックを正確かつ遅延なくできることが前提になる。仮に,フィードバック情報が間違っていたり,遅れて伝わったりすれば,制御が破綻して大停電などの事故につながりかねない。今でさえ,電力系統はm秒単位でのきめ細やかな制御が必要だ。再生可能エネルギーの発電出力を電力系統の基幹部分に逆潮流させると,電力系統にとっては大きなじょう乱要因になる。

――スマートメーターの電力使用量をリアルタイムに把握できれば,m秒単位の出力制御も可能だという声もあるが。

永田氏 たとえ,普段は可能でも万が一のリスクを排除できるかどうかは疑問だ。こうした私の意見に対して「現代の制御システムは,1970年代とは違う」という批判も頂いているが,航空機の操縦がまだ完全には自動化できないように,電力系統の制御技術も,そのリスクの大きさに見合う水準には達していないと感じている。

 電力のリアルタイム取り引きは,ビジネスの立場からも時期尚早だと考えている。例えば,2000年の時点でIT技術を利用して電力を株式のように取り引きしようとした企業がある。米Enron Corp.だ。しかし,彼らは,(当時の技術では)電力はためて置く事ができないということを理解していなかった。リアルタイムには取り引きが可能でも,デリバティブのようなことはできない。その誤算が経営危機を招き,(2001年の不正経理・不正取引の発覚後に)経営破綻した原因だ。

――風力発電などでは蓄電池と組み合わせて,出力を平準化する試みも出てきている。そうすれば,再生可能エネルギーを電力系統に大量導入できるのではないか。

永田氏 蓄電池には,今後,大量に導入する再生可能エネルギーに見合う容量を低コストで確保できるかという懸念がある。それ以上に問題なのは「出力の質」だ。太陽電池のPCS(power conditioning system)や風力発電のインバータ,そして蓄電池の出力には,その波形が電力系統の周波数を乱すのではないかという懸念がある。スイッチング電源などでデジタルに50Hzや60Hzの出力波形を再現しようとしても,高周波の「雑音」がどうしても残り,それが電力系統全体の制御に悪影響を及ぼしかねない。私は,今の電力系統に安全に連係可能な再生可能エネルギーは,全容量の3%が限度だと思っている。

基幹網と配電網を明確に分けることが重要

――VPECが提唱する配電網(ECO NETWORK)は蓄電池を用いた「電力ルーター」がベースになっているが,それは問題がないのか。