図◎書籍「トヨタ流の教科書●企業編─世界最強のものづくりの秘密」。講師の36年間にわたるトヨタ時代に培ったノウハウや長年のコンサルティング活動を通して得た知見を集大成した。セミナー受講時の手引き書として最適であるだけでなく,セミナー後の復習や社内で実践する際の資料としても活用できる。
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 TPS(トヨタ生産方式)を導入しようとして,TPSに関する本を読み実践しようとするがうまく行かない。それではということで,TPSのコンサルタントに依頼して,指導を受けても思ったほど,効果が出ない…。このような経験をされる方が後を絶たない。これは,なぜなのだろうか。

 一言でいうと,従来のTPSでは,「現場のやる気が起こらない」のである。従来TPSの改善は,(A)通常は改善を集中して実施するために,改善モデルラインを指定し,このモデルラインを改善の指導者,またはTPSの専門家が指導する(B)工場のトップまたは改善の指導者,TPSの専門家が現場を見てまわり,そのモデルラインの組,班に対して,問題を指摘し,改善を指示する──といった方法で進む。

 こういうやり方では,関係する人たち,あるいは指示を受けた組・班の人たちは改善指導者の改善指示,アドバイスに対してある程度影響を受ける。しかし,多くの場合は,影響を受けるだけで,実はまったく納得していないのだ。

 トップが来て号令をかけたり,改善の指導者,TPSの専門家が指示を出すので,「言われたからやろうか」と仕方なしにやっている場合がほとんどだ。中には反発したり,無視したりする人も出てくる。それが普通なのである。

 TPSの指導者は終了間際には必ずこう言う。「ここでやったような改善をほかにも横展(横に展開)していけばいいのです。そうすれば工場全体,会社全体が良くなります」,と。

 しかしTPSの指導者が居なくなり,数カ月経つと,改善のモデルライン以外の工場の職場には全く広がらない。広がるどころか,その内,このモデルラインの改善も消滅していく。元の黙阿弥となる。こういう例が実に多い。

 こうした状況を脱却するには,まず現場の反応を正しく理解する必要がある。現場の反応は,通常は下記のステップを経る。

(1)問題点を指摘され,分かる,または,自覚する。

(2)改善の指示,命令が理論的に正しいと理解する。

(3)心底から,納得,共感する。改善の意欲が出てくる。

(4)改善を実施する。 

 この現場の反応は特別ではなく,普通の人間の反応だ。上記の(1),(2)の理解の状態と(3)の納得の状態には,大きなギャップがある。(1),(2)の理解状態は,人間の頭で理解する。つまり理性で理解するのである。大脳皮質で理解すると言ってもよい。

 (3)の納得の状態は,心の深い所,心情から共感,納得する。大脳皮質以外の脳の部分(より本能に近い脳)で納得しているのである。

 実は,人間は この(3)の納得の状態から,行動を起こす。即ち,この(3)の納得の状態になってから,やろうとする意識が発生してきて,(4)の行動(改善の実施)に移すのである。つまり,意欲が出てきて,行動,実行に移すのが,人間なのである。人間というのはガミガミ言われてもやる気はでない。子どもが親に言われても勉強しないのと同じだ。

 この(3)の納得・共感の状態を作りだす。即ち,人間の意欲を高める事が重要である。人間の意欲を高める事を追求していくには,私たちはもっと人間の心について考慮する必要がある。

 トヨタが従来のTPSのやり方に限界を感じて方針を転換したのは今から30年前に遡る。従来の上から押し付ける強制的なTPSでなく,自ら考え,自ら改善を実行するTPSに転換した。この自主的な改善活動がトヨタでのTPS改善を飛躍的に向上させたのである。従って,現在のトヨタのTPSは,30年前に発表されたTPSとは大幅に違う。

 しかし,大半のTPSの本はトヨタが改善した結果,即ち,答えが書いてある。例えば,「ジャスト・イン・タイムで,在庫はゼロにすべきである」,「『かんばん』を導入して,在庫を低減する」,「定位置・停止の組立てライン」などだ。

 しかしながら,かんばんの導入に成功した会社はトヨタを除いて皆無に近い。本を読んで,TPSを実施しようとして,答えを見て,例えば「『かんばん』は在庫を低減するには良い方法である」と書いてあると,これをそのまま適用しようとしているわけだ。

 いきなり,答えだけを示しても,関係する作業員や班長,組長,製造部の課長,物流関係者,工務部スタッフ,取引先などの理解もなかなか得られない。従って,「かんばん」の導入はおろか実施もできないということになる。

 筆者に言わせれば,それは数学の応用問題の答えを見ているようなものだ。数学の応用問題は答えを導く過程が重要であり,その過程をしっかりと理解できると,他の問題でも応用して,解答を導き出せる。TPSも同じことで,改善の関係者全員に過程を経験させる必要がある。(書籍「トヨタ流の教科書●企業編─世界最強のものづくりの秘密」より)

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