図 5層構造のニッケル系金属ガラス複合材料の水素分離膜(図は東北大金研が提供)
図 5層構造のニッケル系金属ガラス複合材料の水素分離膜(図は東北大金研が提供)
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 東北大学金属材料研究所と東京工業大学応用セラミックス研究所は,従来のパラジウム・銀(Pd-Ag)合金と同程度に水素ガスを効率よく分離できるニッケル(Ni)系金属ガラス複合材料製の水素分離膜の開発にメドをつけた。高価なパラジウム・銀合金に対する安価な代替材料として期待している。

 開発したニッケル系金属ガラス複合材料は,ニッケル層,リン酸塩ガラス層,ニッケル系金属ガラス層,リン酸塩ガラス層,ニッケル層という5層構造になっている(図)。5層構造の水素分離膜の厚さは約50μmで,大部分をニッケル系金属ガラス層が占めている。

 安価な水素分離膜の実用化を目指す東北大金研は,ニッケル・ニオブ・ジルコニウム(Ni-Nb-Zr)合金のアモルファス合金が優れた水素透過能を持つことに着目し,その改良版としてニッケル・ニオブ・ジルコニウム・コバルト(Ni-Nb-Zr-Co)合金を開発し,さらに「銅(Cu)を添加することで水素透過能を大幅に改善した」(山浦真一准教授)。コバルト添加によって耐水素脆性(ぜいせい)を,銅添加によって水素透過係数を,それぞれ改良することに成功した。この改良版の合金組成の溶融液から急冷凝固法によって厚さ50μmの薄体(幅100mm)を作製した。

 一方,東工大応用セラ研は水素分離膜として,リン酸塩ガラスを研究開発していた。酸化タングステンを含むリン酸塩ガラスはガラス転移温度(Tg)以下では優れた水素透過能を示すことから,耐酸化性に優れた水素分離膜として期待されていたからだ。水素分離膜として実用化するための課題は薄膜化による高性能化だった。応用セラ研は,東北大金研が開発したニッケル・ニオブ・ジルコニウム・コバルト系金属ガラスに着目し,この金属ガラス薄体を基材として利用し,その表面にリン酸塩ガラス層を積層することで薄膜化を実現した。

 積層の手法は,アルゴン・フッ素レーザー(4J/cm2・10Hz)によるパルスレーザー堆積(たいせき)法である。厚さ50nmの酸化タングステン含有のリン酸塩ガラス層を金属ガラス薄体の両面に積層した。応用セラ研は,作製時のポイントが酸化タングステン層内に酸素が不足する酸素欠陥をつくらないことであると,XPS(X線光電子分光)分析結果から解析した。パルスレーザー堆積時には酸素分圧を相対的に高めの10Paとして酸素欠陥の生成を抑制した。

 酸化タングステン含有のリン酸塩ガラス層の外側(両方)に,さらにニッケル層(厚さ20nm)を積層した。ニッケルは水素ガスを分子から原子に分解し,層内に水素原子が浸透し拡散しやすくする役目を果たすからである。同時に,リン酸塩ガラス層はニッケル層のニッケル原子がニッケル系金属ガラス層に拡散していくのを防ぐバリヤーの役目を果たしていると考えられている。

 400℃でのニッケル系金属ガラス複合材料の水素ガス透過能を,水素ガス供給側と透過先側で圧力差0.3MPaで調べたところ,約2×10-6mol/cm2・sと優れた水素透過能を示した。今後は,ニッケル系金属ガラスのTgを高温に引き上げることで,リン酸塩ガラス層などの水素透過能を改良し,複合材料としての水素分離機能を改善する計画だ。さらに,実際に燃焼ガスから水素を分離する検証も実施する予定である。将来は,メタノールと水の混合物を300℃まで加熱して気化し,銅系触媒によって水素ガスと二酸化炭素の混合ガスに改質し,この混合ガスから水素ガスを分離するシステムを開発する計画だ。

 本研究開発は,東北大金研と東工大応用セラ研,大阪大学接合科学研究所の材料系3研究所が全国共同利用研究所連携プロジェクトとして「金属ガラス・無機材料接合開発共同研究プロジェクト」として実施した研究開発成果の一つである。この連携プロジェクトは平成17年度(2005年度)から5年間実施され,平成21年度で終了する計画だ。