日立らが開発した,人体通信技術を使った入退室管理システム
日立らが開発した,人体通信技術を使った入退室管理システム
[画像のクリックで拡大表示]

 人体通信の実用化の機運が高まっている。最近になって,セキュリティ分野で人体通信を利用したシステムの発表が相次いだ。日立製作所とNTTコミュニケーションズ,美和ロックは,人体通信を用いた入退室管理システムを共同開発,2009年3月に試作システムを公開した。大日本印刷やイトーキも,同様な入退出管理システムを開発済みである。

 人体通信とは,人間を伝送媒体に使う通信技術の総称である。発想自体は以前からあった。1996年に,米IBM Corp.のThomas G. Zimmerman氏らが,Massachusetts Institute of Technology(MIT), Media Laboratoryで開発したシステムが発端といわれる(IBM System Journalの1996年の論文,日経エレクトロニクス1997年6月2日号に日本語訳を掲載)。その後,日本国内ではNTTやソニーなどが技術開発に取り組んだ。2004年には,松下電工が「タッチ通信システム」として製品化している。

松下電工の人体通信システム「タッチ通信システム」で人体に装着する端末群
松下電工の人体通信システム「タッチ通信システム」で人体に装着する端末群

 ところが,その後ブームは下火になった。人体通信ならではの応用先が見つからなかったことが一因とみられる。

 今回セキュリティ分野で再び脚光を浴びているのは,入退出管理システムで使い勝手の改善に対する需要が見込めるからである。人体通信を利用すると,ICカードなどをポケットや鞄に入れておけば,読み取り装置に手で触ったりかざすだけで解錠するといったシステムを実現できる。このほか人体通信には,他の無線通信と比べて消費電力が小さい,情報漏洩が少ない,部材コストが低いといった特徴もある。今度こそ採用が広がるかもしれない。

 人体通信の特徴を生かせるのは,セキュリティ分野に限らない。タッチパネルの積極的な活用で携帯電話機市場の台風の目になったApple社の「iPhone」が象徴するように,各種のデジタル家電製品で使い勝手の改善が開発の焦点になっている。

 人体通信を活用すれば,新しいユーザー・インタフェースやサービスが生まれる可能性がある。「人体通信機能を備えた携帯電話機をポケットに入れた若者が外出し,ドアの施錠からスクーターの始動,駅の自動改札の通過,自動販売機での買い物まで,各機器に触るだけで済ませてしまう」(日経エレクトロニクスの解説記事より),「例えばPAN注1)を内蔵した携帯型情報通信機器などにセンサを備えれば心拍や血圧,呼吸数などの身体機能を計測できるだろう。PANを内蔵した財布をズボンのポケットに入れれば,情報の記録や財布の所有者の確認といった使い方に応用できる」(IBM System Journalの論文の日本語訳より)。こうした未来図に登場する,「魔法」のような機器の実現は,もはや夢物語ではない。

注1)引用元の論文では,人体通信を利用して構築したネットワークをPAN(Personal Area Network)と読んでいる。

 このような機器やサービスを一足飛びに実現することは難しい。人体通信の実用化には,様々な課題を解決することが求められる。そこで日経エレクトロニクスは,人体通信の現状と課題を把握し,解決策を検討する講演会を企画した。2009年4月17日に,東京・秋葉原で開催する。

 講演会では,まず人体通信技術の現状について概観する。技術の分類,各社の製品化の状況に触れる。次に,実用化する上での課題を挙げ,それぞれの解決に向けた研究開発の現状を解説する。低消費電力化技術,雑音や干渉信号に対する対策,高速化や小型化の動向,動く人を対象にした人体通信,人体への影響といった話題を取り上げる。このほか,日本と世界の応用動向や,規格化の現状も解説する予定である。講師が質問に答えるQ&Aのセッションも用意した。

 講師は,人体通信の開発技術や応用動向に詳しい,アンプレット代表取締役社長の根日屋英之氏である。同社は,人体通信を利用した遠隔医療用の簡易心電計の試作などを手掛けている。講演会では,この装置の概要についても報告する。

アンプレットが試作した人体通信簡易心電計
アンプレットが試作した人体通信簡易心電計