松下はコンピュータで失敗したと問われた私は「それは違う」と言った。「幸之助の夢は家庭を楽しい場所にすること。だから,コンピュータが家庭に入る時は本気でやる。でも,今はそういう時期ではない」と。

 普通の家電が山のように売れていた時代です。そんな状況下で,ビジネス用のメインフレームのようなものを同時に追いかけるようなことはしない。「いずれすべての技術は家庭に入る。業務用VTRが家庭に入ったように,コンピュータも家庭に入る時代が来る。そのときに松下はコンピュータの王者になる。そのために今から準備をしている」と大法螺を吹いた。

 それを読んだ幸之助さんは喜んでね。「わしは,前からそれを言うとるのや。メインフレームはやらんでええとは言ったが,コンピュータをやらんでええとは言うとらん」と話していました。まぁ,それを聞いて周りは「おやじさん,また言うこと変わったぞ」と苦笑いしとったけどなぁ(笑)。

今こそ「セイ・イエス・ソフト」を本気で考えよ

 情報化社会で成功したかに見えた米国がうまくいかなくなっている今こそ,次はどうすべきかを日本メーカーは本気で考えなければならない。でも今,そういう発想があるようには見えませんわな。「米国がこけた。えらいこっちゃ。先が見えん」と言うとる。それは見えませんよ。米国と同じことをやっているわけだから。

 前を走っていた国が立ち止まり,家庭の情報化が本格的に立ち上がりつつある今は,本来は日本が得意とするハードウエアを軸に新しいコンセプトを打ち出す好機ですよ。これまでビジネス向けITの世界では,ソフトがなければハードはただの箱と言われることが多かった。でも,逆も真なのです。ソフトは箱がなければ動かない。家庭にデジタル機器が入ることで,ソフトとハードは対等な位置付けになる。

 エレクトロニクスの世界には「セイ・イエス・ソフト」「セイ・イエス・ハード」という二つの戦略があると,私は思っています。

 後者の「セイ・イエス・ハード」は,ソフトを主体にハードに「イエス」と言わせる戦略です。分かりやすいのは,米Microsoft社のBill Gates氏がやってきたことですね。

 これまで,情報化社会はこの戦略が幅を利かせる世界だったけれど,今後本格化する家庭の情報化では,ハードを主体にソフトに「イエス」と言わせる「セイ・イエス・ソフト」戦略に180度転換できるチャンスがある。ハードをもってソフトを屈従させる戦略作りを真剣に考えなければならない。家庭用ゲーム機とゲームソフトの関係などは,その一つの例でしょうな。