ΔΣ型A-D変換器が,携帯電話機や計測器などの市場で注目を集めている。しかし,その設計ではアナログ技術とデジタル技術の双方を駆使する必要があり,設計者にとっては取っ付きにくい場合が少なくない。

 ΔΣ型A-D変換器の現状と応用分野,設計者に求められる技術などを,法政大学理工学部教授の安田彰氏に聞いた。安田氏は,東芝や米Burr-Brown Corp.,米Texas Instruments Inc.などの半導体メーカーで長年アナログICの設計に従事し,現在はTrigence Semiconductorというベンチャー企業の代表取締役としても活動している(スピーカー開発の関連記事)。さらに同氏は,電機メーカーのエンジニアに対してΔΣ型A-D変換回路設計の専門教育を行っている。(聞き手は安保秀雄=編集委員)

安田 彰氏
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問 ΔΣ型A-D変換器が今,なぜ求められているのでしょうか。

安田氏 製造プロセスの微細化に伴い,アナログ回路とデジタル回路を集積するSoC(system on chip)がさまざまな電子機器に搭載されるようになりました。このため,チップ上でアナログとデジタル回路で構成するミックスト・シグナル回路を設計する技術が重要になっています。

 こうしたSoCでは,高速/高精度なA-D変換器,D-A変換器が必要になることが多いのですが,SoC上では通常トランジスタやキャパシタ,抵抗などの精度があまり高くありません。そこで,これらの精度の影響を最小限に抑え,高精度変換を実現できるΔΣ型A-D変換器が広く用いられるようになってきました。

問 どのような用途に利用されているのでしょうか。

安田氏 ΔΣ型A-D変換器は高精度変換を実現しやすいため,従来から高性能オーディオや計測制御に使われてきました。最近では,トランジスタのスイッチング速度の向上もあって変換速度が高速になり,携帯電話などの無線通信や高速有線通信などにも用いられています。

 中でも,連続時間ΔΣ型A-D変換器はそれ自体が折り返し雑音を低減するアンチエイリアス特性を持っています。この特性を活かせばフィルタが不要になり,チップ・サイズやコストを削減できます。SoCにおいては,すべての機能ブロックを集積し,最小の外付け部品でシステムを実現することが求められるため,連続時間ΔΣ型A-D変換器はSoCに最適な手法といえます。

アナログ/デジタル技術双方に加え制御技術などが必要

問 ΔΣ型A-D変換器を開発するときに,エンジニアはどのような技術が必要になりますか。

安田氏 基本的にはA-D変換器ですので,サンプリングや量子化に関する知識や離散時間信号処理に関する知識が必要になります。また,ΔΣ型A-D変換器は内部にフィードバック構造があるので,安定性などを議論するために制御理論も理解しておく必要があります。

 オーバー・サンプリングという手法を用いて精度を向上させているので,ΔΣ型A-D変換器の後段にはデジタル・フィルタが必須となります。このため,デジタル信号処理にも習熟しておくと良いですね。さらに,連続時間ΔΣ型A-D変換器を扱う場合は,連続時間系と離散時間系の取り扱いにも慣れておく必要があります。もちろん基本的なアナログ回路技術の知識が前提になります。

問 安田先生は湯川彰氏(元NEC)と一緒に,ΔΣ型A-D変換器の技術を電機メーカーのエンジニアに伝える「アナログ・エキスパート養成講座」を開いてきましたが,受講者の方が躓きやすかったところはどこでしょうか。

安田氏 まず,それまでエンジニアとして担当してきた分野以外の基礎的な技術が欠落している人がいました。これは仕方がないことで,何が足りないかは人によって異なります。

 アナログ回路設計者がΔΣ型A-D変換器の開発を始めるケースがやはり多く,それまであまり必要でなかったデジタル・フィルタやフィードバック・ループに関する知識と洞察力が新たに求められるケースがよくありました。

 次に,さまざまな技術をベースにΔΣ型A-D変換器は実現されていますので,各技術とどのように組み合わされているかという自分なりのイメージを持つことが必要です。しかし,全体を俯瞰するのは大変で,なかなか把握できないエンジニアもかなりいます。

 なお,ΔΣ型A-D変換器の設計に利用できるさまざまなツールがあります。例えば, MATLAB/Simulink,回路シミュレータのSPICEやAMS Designer,ADVanceMS,Eldoなどです。それらを用いることにより設計の効率を上げていくことが可能です。ただし,ツールが高価なこともあって,これまでにツールの使用経験がないエンジニアが少なくありません。その習得に時間がかかる場合もあります。

全体を見渡せる技術者や仕組み/ツールが求められる