渋滞学や無駄学の研究で知られる東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻准教授の西成活裕氏は2009年3月12日,自民党本部で開かれた同党政務調査会国土交通部会で「無駄とり」に関する意見を述べた。「皆さん,無駄の反対語が何か分かりますか?」---西成氏は発言の冒頭で,部会に参加した同党の国会議員たちにこう問い掛けた。無駄とは何かを理解していないと,反対語をすぐに思い付くことはできない。西成氏は「頻繁に使用している言葉だが,無駄の定義は実は明確でない」と指摘した。

 では,無駄とは何か。「無駄を定義するには『目的』と『期間』を明確にすることが欠かせない」と西成氏は言う。特に「期間」を定めることは重要だ。組織のメンバー全員が目的を共有していても,目的を達成する期間が異なると,それぞれ違う結論を導き出すからだ。

 例えば,短期的な視点に立つ上司と長期的な視点に立つ上司がいたとする。両者とも,厳しい経済状況の中,コスト削減に迫られていた。そんな時,部下が「スキルアップ講座を受講したい」と言ってきた。部下に講座を受けさせれば,短期的にはコストが掛かる。そのため短期的視点の上司は「受講は無駄だ」と断った。しかし,長期的視点の上司は,「受講が部下の能力やスキルの向上につながれば,将来的には会社の利益につながる」と考え,許可した。この例の場合,両者の目的は「会社の利益を上げること」で同じだ。しかし,目的を達成するまでの期間が異なるので,取る行動が違ったのだ。つまり,目的だけでなく期間も明確にしなければ,系統立てて会社の無駄とりをすることはできない。

 また,目的に向かって行動し,最も少ないコスト(カネ,時間,資源,労力など)でそこに到達するのが望ましいが,その最適プロセスを探し出すことは容易ではない。どうしても当初の予想よりも余計なコスト,つまり無駄が発生してしまう。そこで西成氏は,無駄をこう定義した。「ある目的をある期間で達成しようとするとき,最適な,もしくは予想上の益より,実際の益を低くしてしまう要因」。無駄の反対語は「効用」や「活用」だという。

 西成氏の発言の後,議員たちからは「興味を持った」「勉強になった」との声が上がった。ある議員は「自民党政策の中にも無駄があると思うが,西成准教授はどう見るか」と質問。西成氏は直接的な発言を控えたが,(1)長期的視点が重要であること,(2)局所最適化よりも全体最適化が大切で,その判断は人にしかできないこと---の2点を強調した。