「ISSCC 2009」のSession 25「Medical」は,定員250人の会場が満席となり,立ち見が出るほどの盛況ぶりだった。本会議におけるバイオ・医療分野への関心の高まりが感じられた。

 今回の講演の内容は,大きく二つに分けられる。(1)無線通信が可能な神経活動計測回路,(2)バイオ・センサ,である。

 (1)の神経活動の計測は,生体科学への応用だけでなく,パーキンソン病やてんかんなどの臨床応用の視点からも極めて重要である。神経活動を計測する回路への要求としては,小型で高感度であることに加え,無線通信が可能であることが強く求められている。

 今回発表された複数の論文は,いずれもその要求を満たしつつ,さらに次の段階に進んだものと位置付けられる。中でも大きな反響を呼んだのは,時分割によって化学信号と電気信号の両面から神経活動の計測を可能とした米Case Western Reserve Universityらによる発表である(講演番号25.2)。

 測定には,カーボンファイバの微小電極を用いる。CV(cyclic voltammetry)によるドーパミン計測と,神経細胞活動電位を記録する電気計測を時分割で実行する。これにより,ラット脳内でのドーパミン放出の記録に成功した。今後はこの技術を,パーキンソン病の治療などで用いられている脳深部刺激に適用することを想定しているという。現状の脳深部刺激は絶えず電気刺激を与えているが,ドーパミン放出量に応じて刺激を与えることが可能となれば,極めて有効な治療法になり得る。

 Case Western Reserve Universityはさらに,無線通信が可能なだけでなく,電源供給も行うマウス体内埋め込み型血圧測定システムを発表した(講演番号25.1)。マウスがケージ内で動き回っても,安定して電源供給とデータ伝送を行えるよう,適応的に結合効率を制御する回路を搭載する。マウス体内への埋め込みが可能な重さ(130mg,従来の1/10)と消費電力(300μW)を10ビットの精度で実現している。実際にマウス体内に埋め込み,ケージ内で自由に行動させた状態でデータを取得することに成功した。

 このほか米North Carolina State Universityらは,無線通信が可能かつ,32チャネルの同時神経活動計測が可能なチップを発表(講演番号25.3),米University of Californiaらは閉ループ制御が可能な無線通信による神経活動計測チップを発表した(講演番号25.4)。これらは,神経科学にとって極めて有効なツールになると期待される。ただし,どちらもまだ実際の神経活動の記録は行っていないため,今後の検証が必要になるであろう。

 (2)のバイオ・センサの発表は2件あった。一つは,米University of Texasによる蛍光検出型のチップである(講演番号25.5)。ファイバ・プレートや干渉フィルタを搭載して励起光を抑圧した。蛍光標識を施したDNAの計測を行い,DNAチップとして機能することを検証した。

 もう一つの発表は,米California Institute of Technologyによる,外部磁場を用いない磁気ビーズ検出チップである(講演番号25.6)。磁気ビーズはDNA同定などに使われており,精度の高い検出が可能である一方,外部磁場が必要なため計測システムの小型化が困難であった。この発表では,オンチップのコイル上に磁気ビーズがあると,実効的にインダクタンスが変化する。その際に共振周波数のppm程度のわずかな変化を検出することで,磁気ビーズを検出する。温度ドリフトの影響を抑圧するために,オンチップ温度制御機構を実装している。実際に,磁気ビーズの標識を施したDNAの検出に成功した。外部磁場を必要としないため,小型な計測診断装置の実現が可能になると期待される。