マイコンの分野で日本の草分けとなった企業として知られるNECエレクトロニクス。2回に分けて同社のマイコンの系譜を解説する。かつてNECの電子デバイス部門だったNECエレクトロニクスは,非常に多くの種類のマイコンやCPUを扱っていた。実際,一時期は「4ビットから64ビットまで」と幅広い品種を抱えていることを同社は積極的にアピールしていたものだ。

 同社製マイコンの系譜の始まりは,8ビット・マイコンの元祖ともいえるZ80との互換性をうたった「μPD780」と,米Intel Corp.の16ビットCPU「8086」との互換性をうたった「V30」にある(ただし,いずれも,完全なコンパチブル品ではなかった)。これが現在,同社が展開している「78Kファミリ」と「V850ファミリ」につながっている。だが,ここまでの道筋は,決して一筋縄で説明できるものではない。最初に8ビット品と16ビット品を中心に紹介する。

V30の系譜が枝分かれ

 まず,「Vシリーズ」から始める。かつてNECのパソコンの主力製品だった「PC-9801シリーズ」の初期モデルを使った事のある方ならお馴染みのCPUだろう。8086との上位互換性を備えたCPUである。8086と同じピン配置を採用すると同時にIntel社の命令体系「i80186」との互換性も確保したCPUだが,入出力信号の仕様を変更したり,独自の命令を追加したりしたことによって,基本となった8086よりも高速で動作させることができた。


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 同じアプローチで開発した8088の上位互換品が「V20」である。V30の外部バス幅を8ビットに減らしたCPUだ。さらにV20およびV30に,周辺回路を統合したものが「V40」および「V50」となる。これらは組み込み用にコストを抑える目的で開発したCPUである。V50が登場する以前に「V35/V35+」という製品も登場した。V35はV30コアにDMAコントローラを統合したデバイスである。V35+はV35の性能改善版に当たる。ただし,組み込み用といっても,この当時は,すべてのメモリが外付けになっているなど,最近のデバイスに比べると集積度はかなり低い。もっとも,V50ですら1980年代前半に開発されたデバイスだ。これは致し方ないことだろう。

 このV30の系列に絡んでくるのが「V33」である。これはV30との互換性を備えているものの,V30とは別のCPUだとみなすべきだろう。こうしたCPUが生まれた背景には,1980年代にNECがマイクロコードの著作権をめぐり,Intel社と法廷で争っていたことがある。このためNECは,Intel社の著作権を侵害していない事を明確にする目的で,V30とは開発体制も分離するかたちで新たにマイクロコードをハードワイア化したV30相当のCPUコアを開発することにした。このコアがV33である。さらにV33に修正を加えたのが「V33A」となる。V50のコアをV33/V33Aに乗せ換えた製品も,「V53/V53A」として出荷している。このほかにも,内部のV30コアに様々な拡張を施した「V55(V55PIと呼ばれる場合もある)」など,V50には多数の派生品が存在している。

Vシリーズの進化は新たな段階へ

 ここまでは8086の上位互換というコンセプトで開発を進めてきたが,この後からV30系に見切りをつけ,全く新しい方向に動き出した。その最初の製品が「V60」である。外部バスは16ビットのままで,内部は32ビットで処理する独自アーキテクチャのCISCコアである。命令体系も全く変わった。ただし,V30のエミュレーションができるように設計されており,既存のV30向けに開発したソフトウエアの資産をそのまま生かす事も可能だった。

 このV60を高速化すると共に外部バスを32ビット化したのが「V70」で,さらにV70を高性能化したのが「V80」となる。このV80では,遂にV30のエミュレーション機能が削除され,完全に独立したアーキテクチャを備えた32ビットCISCとなった。ただし,V60~V80は,性能に関しては必ずしも市場で高い評価を得られなかった。というよりもIntel社の「x86」や米Motorola社(現在のFreescale semiconductor社)の「68K」の性能の伸びが著しく,これに追従しきれなかった。結果として市場では大きなシェアを握ることは出来なかった。そこでNECは方針を転換。新たに32ビットRISCプロセッサの「V800ファミリ」の開発に踏み切る。命令フォーマットに一部相似が見られるが,ソフトウエアの互換性は無かった。つまり,基本的には別のアーキテクチャを備えていた。ここで,V30から始まる一連のCISC CPUの系列は一旦終了することになる。