今後50年先まで通用する,テレビの新しい楽しみ方,新しいビジネスモデルを設計する――。

 こうしたビジョンのもと,8チャンネルの地上アナログ・テレビ放送を1週間分すべて録画できる全チャンネル録画機「SPIDER」シリーズを開発しているのが,代々木に居を構えるベンチャー企業のPTPである(Tech-On!関連記事)。練り上げられたユーザー・インタフェース(UI)を武器に,2007年には法人向け「SPIDER PRO」を,2008年には一般向け「SPIDER zero」を相次ぎ世に送り出した。

PTP 代表取締役社長の有吉昌康氏(右)と,技術開発を担当する取締役の籠屋健氏
PTP 代表取締役社長の有吉昌康氏(右)と,技術開発を担当する取締役の籠屋健氏 (画像のクリックで拡大)

 だがSPIDERシリーズには,今もって地上デジタル放送に対応した製品がない。その背景の一つに,地上デジタル放送を表示する機器の仕様を定めた「ARIB運用規定」の存在があるという。革新的な機器の開発を,何が妨げているのか。PTP 代表取締役社長の有吉昌康氏と,技術開発を担当する取締役の籠屋健氏に話を聞いた。(聞き手=浅川直輝,山田剛良)

――なぜ,地上デジタル放送に対応したSPIDERを早期に発売しないのか。

有吉氏 SPIDERの地デジ版は,一般向け,法人向けとも2011年までには必ず発売する。それに先立って2010年春には試作機を使ったユーザー・テストを始め,1年を掛けてバグ取りや改良を重ねる計画だ。

 我々が,地デジ版SPIDERの提供時期を2011年に設定している理由は二つある。一つは技術面,もう一つは制度面の問題だ。

 まず技術面の課題は,現在入手可能な技術が,理想の地デジ版SPIDERを作るには中途半端である点だ。具体的には大容量のHDDやMPEG-4 AVC/H.264符号化に対応したLSIなどである。地デジ放送のデータ量はアナログ放送に比べて格段に大きい。地デジ版SPIDERを使い勝手がよく,手頃な価格で提供するためには,これらの技術が十分に成熟し,コモディティ化する必要がある。特に,一般ユーザー向けには,現状よりもっと安く,もっと小型な地デジ版SPIDERを提供したいと思っている。

 制度面では,地上デジタル放送のアクセス制御やDRMの方式が,いつ変更されてもおかしくない状況にあることがネックになっている。地デジの普及促進のために,B-CASやダビング10といった現行の仕組みを見直す動きがあるのは承知している。だが,例えばB-CASカードの見直しの議論一つを取っても,具体的な方向性がいまだに見えない状況だ(Tech-On!関連記事)。

 地上デジタル放送のアクセス制御やDRMの仕組みが確定しないと,我々のような小さいベンチャー企業は安心して機器の開発に専念できない。だから確定するまでできるだけ待ちたい。とはいえ,2011年の製品化を考えると ,2009年半ばには方針を固め,以後数年間は変更しないと決めてほしいのが正直なところだ。

ハードウエアに頼らないビジネスモデルだから待てる

 地デジ版SPIDERのために,技術や制度の成熟を待つと決めたのは,我々がハードウエア・メーカーではないからだ。ハードウエア・メーカーのビジネスモデルは,例えば半年ごとに新製品を開発して,技術が陳腐化するまでの短い間,製品の販売でキャッシュフローを稼ぐというもの。これに対し,我々の法人向けSPIDERの事業モデルは,ハードウエアの販売に加え,毎月のサービス料から収入を得る。我々は個人向けのSPIDERでも同様のモデルを採用する予定だ。常に新製品を送り出して販売収入を得る必要がないビジネスモデルだから,新製品のリリースにこだわらなくて済む。その分,最適なタイミングで最良の機器をユーザーに提供したいと思っている。