メキシコシティへの取材時に,ある日系企業のメキシコ事業部の幹部と知り合った。ここでは,仮に「セニョールAさん」と呼ぶ。Aさんはこれまで数十年もの間,メキシコに滞在して業務に携わるなど,メキシコの商慣習に大変詳しい人物だ。Aさんに,メキシコ商売の本当の姿を聞いてみた。

 まず,セニョールAさんによると,メキシコで商売に成功をするためには2つのことが不可欠という。それは「コネ」と「信用」である。商売相手のメキシコ企業に働いている人たちにコネと信用の関係を作ることができれば,「メキシコは本当に商売がやりやすい国だ」(Aさん)という。こうした関係を築ければ,さまざまな情報を入手しやすくなるからだ。「ある程度『寄付』を渡せば,プロジェクトの条件や競争相手の価格など,インサイド情報を教えてくれることがある」(Aさん)。この『寄付』というのは,お金を直接渡すこともあるが,多くの場合は,日本やアメリカ,欧州などへの「工場視察ツアー」を企画し,その際の旅費や滞在費,食費などを提供するというものである。

 別のメキシコ人担当者に聞いて見ると,やはりこうした信頼関係は大変重要という。彼によれば,信頼関係は昼食を一緒に食べながら醸成できるという。まず,メキシコの昼食は,13時~14時など,比較的遅くから始まる。2時間以上をかけて,ビールやテキーラを飲みながらゆっくりと食事を楽しむ。デザートの後で,ブランデーを飲むこともある。「せっかくの美味しい食事を楽しむために,食べながら仕事の話は一切しない」(あるメキシコ人の担当者)。もしこの昼食ミーティングが成功した場合には,帰る前に相手からこう切り出されるという。「商売の件で,私の部下からあなたの部下に連絡します」。この言葉があれば,取引は成功したようなものだと。

 セニョールAさんによると,メキシコの作業員は勤勉で,必要ならほとんど徹夜で仕事を一生懸命するという。だがそれは,「計画どおりに仕事を進めていくのが苦手」(Aさん)という国民性があるからである。

 メキシコは治安が悪く,セキュリティのためのコストが高い。銃を持つガードマンを採用する企業も少なくない。「貨物トラックが消えたといった事件は良く聞く。幸い,我々はまだ被害にあっていないけれども」(Aさん)。