米国発の金融危機をキッカケに,日本のエレクトロニクス・メーカーの業績が低迷している。今回の危機的状況を脱し,さらなる成長を遂げる上で,新興国市場の存在感は膨らむ一方だ。以下は,新興国市場の重要性を指摘した,日経エレクトロニクスの2006年の特集記事である。創刊35周年を迎えた同誌が,将来のエレクトロニクス業界を左右する最大の要因として,新興国市場を取り上げた。当時,日本のメーカーが受けていた追い風は今はない。逆風を突いて新市場を開拓する意気込みがなければ,業績の拡大はありえない。(本記事は,『日経エレクトロニクス』,2006年4月10日号,pp.82-89から転載しました。内容は執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります)

 日本国内のエレクトロニクス・メーカーが活況に沸いている。「四半期ベースでは売上高,当期純利益共に過去最高」「1990年以来15年ぶりとなる高水準の営業利益」――2005年度第3四半期(2005年9月~12月)の決算を発表する各社からは,景気の良い発言が相次いだ。

 ITバブル崩壊の影響で2001年から下がり続けたエレクトロニクス・メーカーの株価も,2005年を境に急回復している。これを支えているのが,国内のデジタル民生機器市場の堅調ぶりである。技術立国・日本の屋台骨といえるエレクトロニクス・メーカーの強さは,すっかり復活したように見える。

 しかし,視野を世界に広げて目を凝らしてみると,国内エレクトロニクス・メーカーの多くが,実は薄氷の上に立っていることが分かる。国内や欧米の市場ばかりに気を取られていると見えない,大きな変化が世界規模で起こっているからだ。

 それは,世界総人口65億の約4割を抱えるBRICs諸国におけるエレクトロニクス市場の急成長である。欧米市場などでは知名度の高い日本のエレクトロニクス・メーカーも,怒涛の勢いで拡大しているBRICs諸国の市場では,その存在感は決して大きいとはいえない。現在,主役となっているのは,韓国 Samsung Electronics Co.,Ltd.や韓国LG Electronics,Inc.,フィンランドNokia Corp.といったメーカーである。

†BRICs=Brazil(ブラジル),Russia(ロシア),India(インド),China(中国)の4カ国の頭文字を取った造語。Goldman Sachs社が,将来大規模な市場を形成するこれらの国をまとめてこう呼んだのが始まりだ。

 1980年代,日本のテレビ・メーカーは,欧米のみならず中国などアジア地域でも50%近いシェアを誇っていた。据置型VTRや「ウォークマン」に代表される携帯型カセット・プレーヤーの市場も国内メーカーの独壇場だった。世界市場におけるこうした圧倒的な強さは,今やすっかり影を潜めてしまった。このままでは,恐らくかつての勢いを取り戻すことはないだろう。

コスト競争力に段違いの差

 これから10年後,20年後に,日本のエレクトロニクス・メーカーが生き残っているために必要な条件は何か。それは,BRICsを含む真の世界市場で,先行するメーカーと真っ向から勝負することである(図1)。大量の販売数量が見込める世界市場を制することが,コスト競争力を高める最大の武器になるからだ。こうして得た利益を基に新製品をどんどん開発していくことで,エレクトロニクス・メーカーとしてさらに成長するための好循環が生まれる。

図1 世界シェア獲得が生命線に 世界のGDPは40兆8878億米ドルと日本の約10倍の規模である。薄型テレビやDVDレコーダー,携帯電話機など,それぞれの日本における市場規模を1とすると現時点での世界市場はその数倍~10数倍もある(a)。この市場で十分なシェアを獲得することが,エレクトロニクス・メーカーが世界の中で生き残るための絶対条件となる。世界市場でシェアを獲得できれば,販売台数の圧倒的な数量によりコスト競争力を高められる(b)。機器のデジタル化による急速な価格下落や短くなるリード・タイムにも対応しやすくなる。
図1 世界シェア獲得が生命線に 世界のGDPは40兆8878億米ドルと日本の約10倍の規模である。薄型テレビやDVDレコーダー,携帯電話機など,それぞれの日本における市場規模を1とすると現時点での世界市場はその数倍~10数倍もある(a)。この市場で十分なシェアを獲得することが,エレクトロニクス・メーカーが世界の中で生き残るための絶対条件となる。世界市場でシェアを獲得できれば,販売台数の圧倒的な数量によりコスト競争力を高められる(b)。機器のデジタル化による急速な価格下落や短くなるリード・タイムにも対応しやすくなる。 (画像のクリックで拡大)